アート&バイブル 73:キリストとサマリアの女


アンニーバレ・カラッチ『キリストとサマリアの女』

稲川保明(カトリック東京教区司祭)

アンニーバレ・カラッチ(Annibale Carracci, 生没年1560~1609)は、ボローニャ出身で、ボローニャ派と呼ばれる系統の代表的画家です。イタリア美術における初期バロック様式を確立した画家の一人として知られています(その生涯については、アート&バイブル20をご覧ください)。この絵のサイズは77×64cmと比較的に小さいもので、個人用の信心のために依頼されて描かれたことが想像できます。16世紀から17世紀にこのようなものが流行し、芸術も、教会だけでなく、家庭にも広まっていきました。

画題となっている、イエスとサマリアの女との出会いの顛末は、ヨハネ福音書4章1~42節に詳しく述べられています。

ユダヤからガリラヤに帰る途中、サマリアを通っていく途上の出来事です。旅に疲れたイエスが、ヤコブの井戸と呼ばれる井戸のそばで休んでいました。弟子たちは食べ物を買うために町に行っていたので、一人でした。そこへ、サマリアの女が水を汲みにやってきます。イエスが「水を飲ませてください」と言うと、その人は、「ユダヤ人のあなたがサマリアの女のわたしに、どうして水を飲ませてほしいと頼むのですか」と言います。そのあとで言及される宗教上の問題がありました。「ユダヤ人はサマリア人とは交際しないからである」と福音書は述べています。

『キリストとサマリアの女』(1596~99年 油彩 77×64cm ブダペスト美術館 所蔵)

イエスは答えて、今、水を求めた者がだれであるか知っていたならば、かえって女のほうが水を求め、その者(イエス自身)は「生きた水」を与えただろう、と言います。それを聞いて女は問いかけます。「主よ、あなたはくむ物をお持ちでないし、井戸は深いのです。どこからその生きた水を手にお入れになるのですか。あなたは、わたしたちの父ヤコブよりも偉いのですか。ヤコブがこの井戸をわたしたちに与え、彼自身も、その子供や家畜も、この井戸から水を飲んだのです」。

イエスはこれに答えて、自分自身のことを明かすことばを告げます。「この水を飲む者はだれでもまた渇く。しかし、わたしが与える水を飲む者は決して渇かない。わたしが与える水はその人の内で泉となり、永遠の命に至る水がわき出る」。それに対して、女は「主よ、渇くことがないように、また、ここにくみに来なくてもいいように、その水をください」と願うのです(以下略)。

サマリアの女は、最初は恐れながら、しかしかなり不躾な口調でイエスをからかうような言動をしていました。しかし次第に、イエスが自分の真実を見抜いていることを知り、驚嘆しながら、イエスのことばに魅かれてゆき、やがて回心し、村の人々に「預言者にお会いした」と告げに行きます。

 

【鑑賞のポイント】

(1)サマリアの女が井戸に水を汲みにきたのは正午ごろという設定です。朝と夕に家族のために水を用意するのが普通なのですが、この女性は村の人々からは嫌われていたことがうかがえます。その井戸にイエスというユダヤ人がいるので、また驚きます。

(2)イエスは、この女に大きな身振りで「この山でもエルサレムでもない所で、父を礼拝する時が来る」(ヨハネ4・21)、「霊と真理をもって父を礼拝する時が来る」(4・23)と教えています。

(3)弟子たちは疲れているイエスに「ここで休んでいて、お待ちください」と声をかけて村の中に食べ物を探しに行っていました。ここにはそこから戻ってきた様子が描かれています。

 


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