余白のパンセ 2 「まひまひ」のように‥‥‥


鵜飼清(評論家)

私はカトリックの三軒茶屋教会で、中村恵里香との結婚の司式をしていただきました。そしてしばらく経ってから燦葉出版社を退社し、二人で「編集工房パピルス」を創りました。

そんな折、中学時代からの友人に頼まれて、所沢(小手指)の彼のマンションに住むことになりました。ところが彼が関西の転勤先から予定よりも早く東京に戻ることになり、急いでマンション近くの一軒家を借りることにしました。これが私たちのフーテン、引越し貧乏のはじまりでした。

当時、私はどうも身体の調子が悪く、それまでの無頼な生活で溜まった澱のようなものがいっぺんに出てきたようでした。そしてとうとうギックリ腰で動けなくなったり、メニエール病で倒れてベッドから出られなくなりました。立つとめまいがして歩けません。

家に閉じこもったままの生活が続き、自分と向き合う時間が生まれました。身体が弱ったこともあり、これからどのような生き方をしていったらいいのだろうか、不安と迷いの日々が過ぎていきました。

そうしたなかで、ふと書き始めたのが詩でした。詩を書くことで、自分の気持ちを静かに刻んでみようと思ったのです。小手指の周辺はまだ雑木林があり、都会育ちの私にはこころの落ち着く環境が与えられていました。

身体が少しよくなると、散歩に出かけました。散歩をしては詩をつくって、手作りの小冊子にしました。『まひまひ』と題した、ささやかな詩集です。そのなかからいくつかの詩を紹介させていただきます。

 

行人ヨ

願ワクバ 山ニ遊ビ 海ニ遊ベ

山ニ死ス者ハ 世界ヲ知リ

海ニ死ス者ハ 宇宙ヲ知ルト云ウ

 

 

生きている 虫も草も動物も

 

病院のベッドに横たわる人も

街を走る クルマの中の人も

駅に入る 電車の運転手も

 

工場でベルトコンベアーの前の人も

食堂で湯気の立ち込める中の人も

競技場でサッカーボールを蹴る人も

 

スーパーのレジを打つ人も

自転車で通り過ぎる人も

大空を翔ぶ飛行機のパイロットも

 

公園のベンチに座る老人も

傍らで泣く赤子も

そしてあなたも

 

みんな生きている

みんなみんな生きている

 

 

 

いただく 美味しく

この澄んだ空気に触れながら

 

生命を育む いとおしい恵

木々は緑を盛り 燦々と

陽は碧空を 包容する

 

木々のせせらぎを 慄として

魚飛び 岩陰ぬるむ

爽やかだ 風が経っていく

 

子供の声 犬が吠える

いただく いただく

いまの棲に 至福の慶びを

 

 

廃墟

 

戦争があって 多くの同胞が死んだ

男も女も 子供も大人も

おじいちゃんもおばあちゃんも

 

そして 少しの日本人が生き残った

何にもなくなった

頭の中が真っ白になって

身体中から 空気が抜けていった

 

絶望というのは こういうことなのだろうか

でも人間は生きている なぜだろうか

それはどこからともなく生まれる

詩があるからだ

 

地平線の見える 首都のなかで

歌声は響いていた

 

 

 

人間が火葬場で焼却炉にはいるとき

それは 母親の胎内から産まれる瞬間だ

 

ガチャンと蓋を閉められたとき

新しい産声をあげる

 

意識しているいまの時点での こちら側の世界は

痛いとかくすぐったいとかを感じている

 

熟睡しているときの 無意識の世界が

あちら側の世界なのだ

死とはあちら側の世界が 永遠になったにすぎない

 

種族が絶えることはあっても

生物はなくならない

地球がなくなっても

宇宙のどこかで

星はまた生まれているだろう

 

死とは再生の始まりだ

生とは死をどのように受容し

自覚していくかの

序曲にすぎない

 

 

師走

 

商店街のくだもの屋にならぶ蜜柑の

暖かき色 光る

裸電球の ひとを照らす影できて

買い物客の 足忙し

 

寒き夕暮れの路 ひとり往く

マフラーの温きぬくもり たしかめつつ

 

正月の顔 寅さんが笑うポスター

紅白歌合戦の出場者を報じる

スポーツ新聞を買う

 

回顧重大ニュースを想いつつ

忘年会へ 足忙し

 

 

クリスマス

 

銀座の夜 ネオンがまばたきをする

サンタクロースがトナカイにのって

夜空を舞っている

ちとホロ酔い気分だ

 

マクドナルドは青春の通り道

長崎県人クラブは友人たちの面影橋

ライオンビアホールはウエディングベル

 

銀座の夜 柳が風に吹かれてあそぶ

ショーウィンドウのクリスマスツリーに

小雪が舞い降りる

 

花売りの声が遠去かっていく

もうすぐ クリスマス

 

「まひまひ」は夏の季語です。

1センチぐらいの紡垂形をした光沢のある虫です。夏の沼や池、川の水面を輪を描いて、くるくると回っています。水にもぐるときは、尻に空気の玉をひとつつけています。重宝にも目が4つあり、空中と水中を同時に見ることができます。

(『合本俳句歳時記 新版』角川書店編より)


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