ALL IS TRUE シェイクスピアの庭


シェイクスピアが49歳で執筆活動を引退した。まだまだこれからさらなる活躍が期待されていたであろう芸術家の断筆は、どのような理由からだったのか。「何故、こんなに才能に溢れた男が早くに引退したのだろう?」という謎を、シェイクスピアを敬愛するケネス・ブラナー監督が解いていく。

ケネス・ブラナーは、1960年生まれで、23歳のときにロイヤル・シェイクスピア・カンパニーへ入団し、数多くの舞台に立っている。BAFTA(英国映画テレビ芸術アカデミー)よりマイケル・バルコン賞を贈られている。またアカデミー賞では5つの異なる部門でノミネートされている。この映画では監督でもあり、ウィリアム・シェイクスピアの役も演じている。

シェイクスピアと言えば、世界でその名を知らない者はいないであろうが、生涯は謎のベールに包まれている。ケネス・ブラナーが、シェイクスピアの人生最期の日々を、映画でわれわれに見せてくれた。

1613年6月29日、『ヘンリー8世』(発表当時はAll is Trueがタイトル)上演中にグローブ座が大火災となり、焼き尽くされてしまった。これを契機にシェイクスピアは断筆して故郷のストラッドフォード・アポン・エイヴォンに戻っていく。

ロンドンで執筆活動に余念がなかったシェイクスピアは、20余年もの間ほとんど家族と顔を合わせることがなかった。その主人の帰郷を、8歳年上の妻アンと未婚の次女ジュディス、町医者に嫁いだ長女スザンナが迎える。

17年前に幼くして他界した最愛の息子ハムネットに執着するシェイクスピアは、ハムネットを悼む庭造りをはじめた。

人生の最後に取り戻そうとした家族との絆だが、いままで気づかなかった家族の秘めた思いや受け入れ難い事実が露呈してくる。

ケネス・ブラナーはインタビューで語っている。

「私はシェイクスピアを寛大な心を持つ思いやりをもったヒューマニストとして描いています」

「彼を神格化するのではなく、あくまでも生身の人間として描きたいと思いました」

「情熱とロマンに溢れ知的活力みなぎる戯曲を書くことのできる作家を、ロマンチックで冒険的な芸術家ではなく、家族がいて社会に居場所があることに感謝する一人の人間として描きたかったのです」

「例えば、シェイクスピアは世間とかけ離れた天才で、永遠に聡明で常に人間を観察し続けた雲の上の人間という事実はどこにも残されていないんです。だから逆に私は、彼が今の私たちと同じように人生を生きていたのではないかと思ったんです。友人がいて、人並みに欲望もあり、夢や希望もある。大切な人を失って、その喪失により彼はとても苦しみました。そういうシェイクスピアを皆さんに紹介しようと思ったんです」

確かにブラナーが描くこの映画で、シェイクスピアが身近に感じられるようになった。一家の主人としての立ち居振舞いが、ときに芸術家としての偉大なるシェイクスピアという先入観を失くさせてくれている。

ストラッドフォード・アポン・エイヴォンの時代背景として興味を持ったのは、カトリックへの弾圧のところである。ストラッドフォード・アポン・エイヴォンはプロテスタントの清教徒(ピューリタン)に支配され、カトリックの影響下にある英国教会は浄化されていく流れの中にあった。住民たちは、互いに見張りをして、反道徳的な行為をした隣人を密告するような閉鎖的社会だったのである。カトリックだと公言できないのだ。長女スザンナの夫ジョン・ホールは清教徒で、清教徒の目的の一つである劇場を閉鎖することを徐々に成し遂げていた。

シェイクスピアの父親ジョンはカトリックの信徒だったが、参事会員を罷免されていた。だから、シェイクスピアはストラッドフォードでは波風を立てないように、非常に用心している様子が描かれている。

この映画の魅力はメイクであり、美しいロケーションであり、また絵画的で重厚な画づくり、そして素敵な音楽の調べと数多いが、英国を代表する名優が顔をそろえていることも上げられよう。

シェイクスピアの妻アンを演じているのは、『恋に落ちたシェイクスピア』で米アカデミー賞助演女優賞に輝き、2016年ローレンス・オリヴィエ賞で史上最多8度目の授賞を果たした大女優ジュディ・デンチであり、次女ジュディス役を演じるのは、ブラナー演出の舞台『ハムレット』のオフィーリア役などで注目された新進のキャスリン・ワイルダーである。

そしてシェイクスピアの『ソネット集』の〈美少年〉のモデルであるサンプトン伯爵に扮しているのは、映画・演劇・TVドラマなどでゴールデングローブ賞やトニー賞など60以上の受賞歴を持つ名優イアン・マッケランである。

こうした役者の演技をじっくりと味わえるのもこの映画のおおいなる見所となっている。

(鵜飼清/評論家)

2020年3月6日(金)、横浜シネマ・ジャック&ベティ他全国順次公開

公式ホームページ:hark3.com/allistrue/

監督:ケネス・ブラナー/脚本:ベン・エルトン
出演:ケネス・ブラナー、ジュディ・デンチ、イアン・マッケラン、キャスリン・ワイルダー、リディア・ウィルソン
2018年/イギリス/英語/101分/シネスコ/原題:ALL IS TRUE
配給:ハーク
後援:ブリティッシュ・カウンシル、英国政府観光庁


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