西暦はキリスト紀元!? 2020年という節目に調べてみよう(AMOR流リサーチ)


そぼ
久しぶり! いつ以来の出番だっけ?
りさ
特集33「子どもへのまなざし」で「『子ども』って何だろう?」がテーマになったときですかね。
そぼ
半年前かー、早いもんだね。今年が始まって早くもひと月半が過ぎたけど、この「令和2年」とも「2020年」とも言われる日本での年号の呼び方ががぜん気になってる今日この頃なんだよね!
りさ
自然な導入ですね。まぁ確かに、「東京2020」という言葉が目につきますしね。
そぼ
んー、それだけじゃなくて、オレが20歳になる2020年なんだよ!
りさ
えっ。
そぼ
えっ?
りさ
いえいえ、メディアの違いを理解せよってやつですね。書き手が変われば、設定もちょっとずつ変わってきますし。
そぼ
よくわかんないけど、話続けていい?
りさ
ええ、どうぞ。
そぼ
えーと、2020年ね。「ニーゼロニーゼロ」か「ニーマルニーマル」かわからないけど、語呂もリズムがあってマーチみたいだし。
りさ
本当に20歳になるとは思えないような発言ですね……。

 

西暦紀元はグローバリゼーションのしるし?
そぼ
ところで「2020」という西暦は「キリスト紀元」だよね。そのことがあまり意識されていないけど、キリスト教の側ではどうなの?
りさ
確かに西暦紀元はキリスト紀元ですよ。これは世界史の授業で習いますよね。「A.D.」はラテン語の「anno Domini」、訳すと「主の年」、つまり「キリストの年」という意味です。
それに対して「B.C.」は「before Christ」、こちらは英語ですね。「キリスト以前」。これを紀元として使う立場から、今、紀元後、紀元前というふうに、世界史の出来事を位置づけていくことが慣例となっています。
そぼ
ふむふむ。明治が明治天皇の代についていわれる紀元の呼び名だとすると、キリスト紀元は、キリストの治める代という意味になるのかな。
りさ
天皇の一代について一つの元号ということになったのは、明治からですので、それは別として、必ずしも、キリストが治めている代というように、キリストを地上の統治者になぞらえて言っているという感覚もキリスト教のほうではないみたいです。そもそもヨーロッパでも、このいわゆるキリスト紀元が一般化したのは、中世末期からといわれているほどです。
そぼ
へー、そうなんだ。じゃあ、あとはヨーロッパの世界進出とともに広がっていったってことかな?
りさ
そうです。ヨーロッパの世界進出、実際は植民地主義による、いわゆる地球世界の統合、グローバリゼーションの進展ととも、に一般的なものとして使われるようになりました。
そぼ
おお、「グローバリゼーション」ときたか。西暦の使用はそのグローバリゼーションのしるしでもあるってことなんだね。
りさ
かもしれませんね。

 

そもそもキリスト紀元とは?
そぼ
じゃあ、そもそもキリスト紀元っていうのはどうして生まれたの? キリストは統治者でもないし、やっぱり生まれた年?
りさ
では、少し情報を集めてみますね。キリスト教の見地からは『暦とキリスト教』(オリエンス宗教研究所)という本もあります。このほかの事典情報もいろいろとリサーチしてみました。まず、この紀元の考案者はディオニシウス・エクシグウスという人です。
そぼ
どんな人?
りさ
6世紀の前半にローマ教会で活躍した神学者、教会法学者で、生没年は470年頃から 544年頃です。出身はビザンティン帝国(東ローマ帝国)のスキタイ地方、今はブルガリアに含まれる地方の出身で、当地にあった修道院の修道士。5世紀末からローマに来て、多くの教会文書を、ギリシア語からラテン語に訳すという仕事をしています。
そぼ
すごい! ローマ教会の発展に大きく貢献したんだろうね。
りさ
そのディオニシウス・エクシグウスが525年にキリスト紀元を考案したとされています。実際にはキリストの受肉、つまり「神の子イエス・キリストが人となられてから何年」という理念の紀元でした。
そぼ
500年もたってから成立したのか。でも、何もないところから生まれたわけではないよね。
りさ
もちろん、古代のオリエントでも古代イスラエルでも、王の治世何年という年号が基本だったようです。ただ、旧約聖書の列王記上6章の冒頭にはこんな叙述があります。
「ソロモン王が主の神殿の建築に着手したのは、イスラエル人がエジプトの地を出てから四百八十年目、ソロモンがイスラエルの王になってから四年目のジウの月、すなわち第二の月であった」と。
王の治世の年号に対して、イスラエルの民にとって決定的であったエジプト脱出から何年という言い方があります。一貫した紀元の意識の表れですよね。そして、古代ローマでも、執政官や在職年や皇帝の在位年で年を数える仕方と、ローマ市建設紀元がありました。
そぼ
そういえば、ルカ福音書で、洗礼者ヨハネが登場する3章の初めに「皇帝ティベリウスの治世の第十五年」という記述があったっけ。ローマの支配下にあったということが印象づけられるな。
りさ
ほほう、よく読んでいるのですね。ルカは世界歴史の中でのキリストの登場、その福音の意味を伝えようとしている福音書と言われています。
広い意味では、新約聖書全部が、ユダヤ人だけでなく、異邦人すべて、世界のすべての人の救い主であるキリストのことを告げ知らせようとするとき、当然ながら世界の始まり(創造)から終わり(終末)までの歴史全体を考えていくようになります。そのことがキリスト紀元の理念の根源といえると思います。

 

復活祭の日付への関心から
そぼ
へー。でも、その理念からキリスト紀元がすぐに生まれたというわけではないんだね。さっき、525年って言ったし。
りさ
そうですね、その理念からキリスト紀元が一足飛びでできたわけではありません。直接には復活祭の形成ということが絡んでいます。復活祭の日付が毎年違うということは知っていますね。
そぼ
それは知ってるよ! 実は教会見学を続けてるからね。たとえば2019年は4月21日が復活の主日、今年2020年は4月12日。こんなにも移動するのは、復活祭が「春分の日のあとの満月の日の次の日曜日」という原則だからなんだよね。
りさ
よく知っていますね。復活祭は当初から行われていたと思われます。その際にユダヤ人の過ぎ越し祭の後にくる日曜日に祝うという原則があり、2世紀後半にこのような日付の取り方について論争があり、確認がなされています。
そぼ
そうか、主日はいつも復活の記念日だからだね。
りさ
その後、2世紀末から3世紀にかけて、この原則による復活祭の日取りを、向こう何年にもあたって算定しておこうという関心が芽生えます。このころの教会著作家たち、たとえばローマのヒッポリュトス(生没年170頃~235)などに「復活祭の日付の決定について」といった題の書物が見られますので。
そぼ
復活祭がキリスト教の一年の祝祭日として、もっとも重要だったってことだね。
りさ
まだ降誕祭もできていませんからね。それは4世紀からなので。この話、今回は省きますが。
そぼ
その復活祭の日程問題とキリスト紀元の誕生はどう関係あるの?
りさ
簡単にいえば、復活祭の算定を10年幅とかではなく、100年、500年幅、1000年幅で考えようとしていったときに、統一年代が実際問題として必要になったらしいのです。皇帝の治世年とローマ市創建紀元(紀元前)が併存しているローマ帝国でしたが、キリスト者たちは4世紀になるとディオクレティアヌス紀元というものを使っていたようです。この皇帝の即位年(284年)を紀元とする年号です。
そぼ
ディオクレティアヌスというと、キリスト教徒を大迫害した皇帝では?
りさ
ええ、そうです。この紀元を使うことで教会は迫害の歴史、殉教の時代を忘れないでおこうとしたのではないかと考えられています。そのため「殉教者紀元」とも呼ばれていたのだとか。
結果的に、ディオニシウス・エクシグウスは、525年に書いた復活祭日一覧表で「ディオクレティアヌ紀元247年」の次の年248年を「キリストの受肉紀元532年」として、事実上のキリスト紀元を創始します。

 

キリストの死と復活の記憶が基準
そぼ
「受肉紀元」っていうのは、「神の子イエス・キリストが人となられてから何年」という意味の紀元ってこと? つまりイエスの誕生の年が知られていて、それを元年としたのかな。
りさ
いえ、イエスの誕生の年が知られていて、それを紀元にしたという由来ではないようです。むしろ、イエスが十字架で死んだ時に30歳頃だったという伝承が重要だったのです。
そぼ
???
どゆこと?
りさ
史実としてのイエスの誕生年に関しては、ルカ福音書やマタイ福音書の記述を資料にして、ヘロデ王の在位年(紀元前37~4)との関係から、紀元前4年かその前に生まれていたということが、歴史研究上は定説になっています。
そぼ
だからといって、今のキリスト紀元(西暦)を4年ズラすわけでもないんだね。
りさ
ちょっと難しい話になるのですが、春分の日と満月の日が基準になる復活祭の日付は、いわば太陽暦と太陰暦を組み合わせて考えていくことが必要なのです。19年で月齢周期が同じになるという意味の太陰周期19年と、曜日(主日)と暦日が一致する太陽周期(28年)が二つの基準となっていて、それを掛け合わせた532年をディオニシウス・エクシグウスは月齢も曜日(主日)も同じになる大周期として重んじ、ディオクレティアヌス紀元248年を、「わたしたちの主イエス・キリストの年」つまりキリスト受肉紀元532年に相当するとして、毎年の復活祭日表をより完全なものにしようとしたのです。
そぼ
えーと……つまり、キリストの死の年齢の伝承や、復活祭の日を正しく計算するための方法の応用で、キリスト紀元が決まったってことかな!

 

キリスト紀元の普及
りさ
でも、このキリスト紀元はすぐに広まったわけではありません。
そぼ
6世紀っていうと、ヨーロッパもまだ生まれていく時代だもんね。ゲルマン人やアングロ・サクソン人とかフランク王国の人たちとか、たくさんの国家形成期だし。
りさ
そのアングロ・サクソン人の歴史家であるベダ・ヴェネラビリス(生没年672/73頃~735)が731 年の著書『イングランド教会史』でキリスト紀元を採用したのは一つの前進だったようです。
そぼ
あー、歴史家はいろいろな事象を統一的に位置づけていくのに統一年代が必要そうだもんね。
りさ
そして実際にこの紀元を普及させたのは、フランク王国カロリング朝の時代だったようですね。皇帝となったカール大帝(シャルルマーニュ)とその助言者アルクインをはじめ、歴代の皇帝も推奨し、だんだんとヨーロッパで慣用となる紀元となります。
10世紀の教皇ヨアンネス13世以来、ローマでも採用され、それが規則化したのは15世紀のエウゲニウス4世(在位年1431~47)以降とのことです。
そぼ
そうなんだ。キリスト紀元といっても教会の専売特許というわけではなかったんだね。なら、西洋、ヨーロッパ紀元といってもいいようなものか。
りさ
ビザンティン帝国(10世紀末から15世紀半ば)で使われ、今も東方正教会のある教会に残る世界創造紀元(紀元前5508年)や、中世のユダヤ教で始まった世界創造紀元(紀元前3761年)、そしてイスラム教のヒジュラ紀元(紀元622)などは、広い意味で、キリスト教的な統一紀元の親戚といえるかもしれませんね。

 

共通紀元の効用
そぼ
んー、でも「キリスト紀元」とはいっても、実際には世界公用暦として使われているよね。
りさ
ヨーロッパの世界進出とともに今の世界基準(グローバルスタンダード)を作ったのは欧米文明だからでしょう。日本で「西暦」というのは、まあ妥当なところだと思いますよ。
そぼ
それもそうか。
りさ
ところで、ヨーロッパでさえも、この紀元でA.D.=「主(キリスト)の年」、B.C.=「紀元前=キリスト以前」といったキリスト教的な理念付けを外して、A.D.をC.E.(Common Era = 共通紀元)、B.C.をB.C.E(Before Common Era=共通紀元前)に切り換えようとする動きがあって、ときどき、文献でもそんな表記に出会うことがあります。
そぼ
へー。宗教中立化しようってことかな?
りさ
とはいえ紀元は、キリスト教の信仰にとって本質的なことではありません。実際、年号神秘主義、たとえば「○○○○年に世界の終末が来ますよ。回心してください」といったような宣教にはならないのです。
ただ、一つの紀元をもって世界の歴史や、現代の事象を見るという観点としては重要視されています。紀元2000年を前にして、ヨハネ・パウロ2世が第3のミレニアム(第3千年期)の始まりを意味深く迎えようとメッセージを掲げたことを思い出します。
そぼ
といっても20年前。オレが生まれた頃か。
りさ
そのようなこともあくまで個人の生き方や世界の動向に向けて、どのような姿勢で臨むかということに対する一つのきっかけ(契機)として、2000年という年号が使われているだけです。
やはり意味があるのは、世界を一つの神のもと、すべての人間がつながって生きているという見方が養われるところにあるのではないでしょうか。

 

歴史の多様性を統一的に見る手段
そぼ
日本では、明治から一世一元となって、天皇の代と元号が一緒になったけれども、その前はたびたび変わるのが常だったよね。その元号による年号がどうつながって、全体として何年前のことかは、ごくごく少数の専門家しかわからなかっただろうね。
りさ
そうだと思います。日本では、明治5年から6年にかけて西暦(今のグレゴリウス暦)が導入されて、日本の元号と併用されるようになりますが、西暦が日常的になったのは戦後といわれます。でも結構、明治、大正、昭和、平成、令和と使われている面があります。公文書は日本の元号使用が義務づけられていますし。もちろん、一般には西暦の併用も慣用として認められているので、「東京2020」といわれるなど、そこはいろいろですね。

 

世界の平和とすべての人の幸せのために
そぼ
西暦が一般的になって、世界史や日本史もその紀元で教えられて、しかも、覚えることが勉強の必須になるぐらいに日本人に普及しているというか、させられている状態だよね。でも、そこをもっと意味あるものと考えたいのは、オレだけかな?
りさ
そうですね。今の紀元を共通紀元と考えても、キリスト紀元と考えても、やはりすべての歴史事象、世界事象を統一的に位置づけていくことには意味があるのではないでしょうか。
同じ地球上で起こっていることが、それぞれの民族の暦と歴史観の範囲で見られていたことから、統一紀元、統一年代で考えていくことで、知られていなかった相互関係があるのではないか、地球の気象史や地学的な状況も含めて、関連し合っているのではないかとか、広い視野が生まれるようになります。
そぼ
歴史好きのオレとしては、そのへんもっと考えてみたいな。統一年代、統一紀元は、一つ一つの民族、一つ一つの世代のさまざまな事象に目を向けさせてくれるし、多様性を知るための一つの基準というべきだろうね。
暦も紀元も、その民族の文化といえるもので、その民族の産物のどれかを絶対化し秘蔵品にしないために、一度はすべてを共通紀元に置き替えてみることが大事だと思うな。それがあって、他の人々や後世の人々もその文化遺産に近づいていけるんじゃないかな?
りさ
そういう意味で世界の人が出会うため、その向こうに平和が確立され、だれもが幸せになるために、統一年代や共通紀元は出会いの手段として役立つのではないでしょうか。キリスト教の見地からなら、福音の観点から歴史事象を評価し、現代の世界事象にかかわっていくために、まで土台となるものだと思います。
そぼ
何かスケールが大きくなってきたね!
りさ
たとえば、「東京2020」をどう意味深くすることができるか、いろいろな可能性を考えるために、共通紀元や統一年代というものは「時のしるし」を判別する基礎として重要だと思います。
世界の出来事、自分の属する民族の事象一つひとつを関連づけながら、いつもキリストを価値判断の基準に据えて考えていくところから、キリスト教的世界観、キリスト教的歴史観が養われるのではないでしょうか。
紀元や統一年代はあくまで道具です。でも、その道具の中にちゃんと光が輝いていていろいろなことを照らし出してくれているような気がします。
そぼ
うおー! リサーチの範囲を超えた、りさっちの熱い想い! 歴史好きのオレとしては大感動してるよ!

(企画・構成:石井祥裕/脚色・イラスト:高原夏希=AMOR編集部)

 


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