新ながさきキリシタン地理 5


キリシタン金鍔次兵衛の足跡を追って①
――武士出身の「神出鬼没」神父 金鍔谷編

倉田夏樹(立教大学日本学研究所研究員、
南山宗教文化研究所非常勤研究員)

昨年2019年は、2018年に引き続き、
日本のカトリック関係者にとっては、記憶に残る1年であった。
第266代ローマ教皇フランシスコの来日の年として、
1981年と同様2019年の年号は、以後歴史に残る。
【参照】拙文「ながさきの教皇フランシスコ
―日本発『いのちと平和のための総力戦へ』

教皇訪日の長崎については、参照した記事に書いた。
しかし正直、私自身「教皇訪日」が一体何であったか、
まだ十分に消化できないでいる。
「カトリック新聞」の特別号(12/1、8付)に教皇メッセージ全文掲載があるが、
品切れの様子だ。

私は運がいいことに、
長崎と東京の教皇ミサに参加することができたが、
祈りと熱狂という点では、かなり長崎に分があるように感じた。
「あの」天候のこともあった。屋根がない分、臨場感は比べ物にならなかった。
東京の方は、グラウンドの席に日本の要人たちの姿が散見された。
「キリスト教徒ではない99%の人」への配慮を感じた。
ある参加者の声としては、
「あえて言うとすれば、ダイバーシティを言う割には黒人の登場がなかった」
というものがあり、なるほどと思った。

そんな折に、NY在住の日本人カトリックの方から一報が。
アフリカ西部コート・ジヴォワール(象牙海岸)出身のオズワルド・コアメという歌手が
歌うチャリティソングの動画についてだった。タイトルは、「We love the Earth」。
【参照】https://www.youtube.com/watch?v=qN92_PiLtP8

PVは黒人とアフリカの大地の雄大さをありありと感じさせる内容で、
そもそも映像作品として完成度がかなり高い。
貧しいながらも、棄てられたものを楽器にする知恵がある。
コアメ氏もカトリック。アフリカ全土で有名なスーパースターだそうだ。
テーマは、「この地球を愛すること」。
人種、言語、国籍、肌の色、目の色、宗教などを超えたテーマだ。
この曲を使った、教皇回勅『ラウダート・シ』のチャリティイベントが、
日本であってもいい。
日本は何かと閉塞しがちだ。
作曲はその日本人の方で、コアメ氏は友人なので、気軽に相談できそうだ。
コアメ氏はNHKなどで紹介されているが、まだ日本での知名度は低いかもしれない。
私は、この曲を広く日本に住む人びとに紹介する使命を感じている。

長崎バスの停留所「金鍔」

さて、前おきが長くなった。
今回は、トマス金鍔次兵衛(きんつば じひょうえ)神父について触れたい。
場所としては、金鍔次兵衛のスポットのうち、「金鍔谷」を紹介したい。
場所は、長崎市内の戸町という長崎市南部で、
なんと、「金鍔」というバス停がある。

次兵衛の出自は、長崎県央部にある大村の武家である。
当然、キリシタン大名・大村純忠、大村純煕の「大村」だ。
「長崎純心」のこころは、ここから来ているだろうか。
また、大村家の当主という方が、今もおられる。
ちなみに大村家の宗旨は、今もカトリックだそうだ。

そんな大村出身の金鍔次兵衛は神出鬼没で知られる。
次兵衛は1600年ごろに生まれたが、父母は早くに殉教し、
島原半島・有馬にあるイエズス会のセミナリオに引き取られ、
教育を受け、マニラのコレジオに進み、
アウグスチノ会の修道士となり、その後27歳で司祭に叙階される。
禁教下の日本に密かに帰国し、長崎奉行所の馬丁や武士などに変装し、
周りを撹乱しながら、
長崎に潜伏するキリシタンたちを励まし、ミサを捧げたと言われる。
その際に、金鍔の脇差を帯びていたために、「金鍔」次兵衛と呼ばれた。
禁教下であるため、長崎奉行は次兵衛の人相書きを作り、
天領長崎のみならず、佐賀、平戸、島原、大村の四藩に命じ、
「金鍔狩り」を行った。

1636年11月1日、ついに次兵衛は隠密によって捕えられ、
仲間を自白させようとするも、仲間を売ることはなく、
奉行も諦めて、西坂で穴吊り刑に処し三日間で気絶するも、
生き延びた。長崎奉行は衰弱した次兵衛に二度目の穴吊り刑に処し、
1637年11月6日に帰天した。享年37歳。
島原の乱の年であることを覚えておきたい。
長崎にいた(おそらく日本全国でも)最後の日本人神父が死んだことになる。
(クリストヴァン・フェレイラは、1650年まで江戸で生きた)
遺骸は、金鍔谷の先にある伊王島の沖に捨てられたと伝えられている。

長崎各地に次兵衛が潜伏した「金鍔スポット」が複数あり、
しかも市中心部から同心円状に点在している。
「潜伏する」とは、そういうことであろう。
フットワークを活かし、キリシタンたちを次兵衛は訪ねて回った。
次兵衛のことを教会は「勇敢な獅子」と呼び、
巷間では「魔法と妖術を使う神父」と呼ばれた。
さすがは、神出鬼没のキリシタンである。

キリシタン(Cristão)とは、ポルトガル語で「キリスト教徒」の意味なので、
信徒も修道士も助祭も終身助祭も司祭も司教も枢機卿も教皇も、キリシタンと言えよう。
ヒエラルキー(ピラミッド型の階層制)という語はバチカンの組織に起因し、
各国政府や共産党の組織も、これに准ずると「組織論」の本にある。

金鍔のバス停から脇道の階段を登ると金鍔谷がある。
金鍔谷のそばには、今はお堂が建っている。
金鍔大師院眞照寺、長崎四国八十八霊場の一つだ。

長崎四国八十八霊場の一つ金鍔大師院眞照寺

お堂の上に、岩穴があり、そこが金鍔谷だ。
ここに次兵衛が隠れていたと言われており、
今は小さなお地蔵さんを祀っている。
いかにも「聖地」の雰囲気をたくわえた静謐な場所だ。
県外から長崎の「カトリック聖地」を訪ねる人は多くとも、
ここを訪ねる人はほとんどいないだろう。
金鍔次兵衛は、「ペトロ岐部と一八七殉教者」にも入っているし、
キリシタン史において決して小さい人物ではない。

戸町・金鍔谷には小さなお地蔵さんが祀られている。

金鍔スポットとしては、
こちらは割と有名な観光スポットであるが、
外海山中の次兵衛岩がある。
そして、ほとんど顧みられることがない場所であるが、
片淵・夫婦川町の城ノ古址の金鍔谷などがある。
これらについては、また回を改めてレポートしたいと思う。

 


新ながさきキリシタン地理 5” への1件のフィードバック

  1. We Love the Earth
    by Francesco Mitani

    We love the earth, where we
    Live together
    We love the earth, where we
    Love each other
    We love the earth, where we
    Work together
    We love the earth, where God
    Loves us as his own children.

    (La la la la)

    We have to learn together, we have to learn
    We have to know each other, we have to know
    We have to help each other, we have to help,
    and we have to build a home for all of us.

    Filled with Hope!
    Filled with Joy! And,
    Peace for all of us,
    living in the common home.

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