「黒衣の教皇」現る? 知られざるイエズス会の本当の素顔とは(後編)


前編に引き続き、現在イエズス会日本管区長補佐を務める山岡三治神父へのインタビューをお送りする。イエズス会入会後、叙階・最終誓願までのあゆみ、管区長や管区長補佐の仕事、そして「黒衣の教皇」と呼ばれるイエズス会総長について話を伺った。

webマガジンAMOR・クリスチャンプレス共同取材。

※なお、本年7月30日(火)午後7時よりカトリック麹町聖イグナチオ教会にて、イエズス会総長アルトゥロ・ソーサ神父の講演会「今日のイエズス会の使命と協働」も予定されている。

 

入会から司祭叙階、最終誓願まで

――修道会に入ると、どのような生活(勉強)をするのですか。司祭になるまでの過程など教えてください。

始めの2年間は昔の修道院の生活を学ぶので外にあまり出ず、食事も沈黙です。日に2回だけお互いに少し話せるという生活をします。お寺でも7日間くらいの接心という祈りの期間があります。門脇神父は禅宗の正統な老師でもありましたし、私もそういうのに何度も出てました。

ですから修行というのは心得はあった気がします。制約もありますが、却って集中するにはいいですね。自分の目指したいもののためにはね。

修練院には修練長という、精神的指導に長けた指導者がいるんです。禅宗のお寺にも必ず老師という個人指導者がいるし、生活のリズムとか祈りの生活ということを考えると、似てますね。

修練の間に修道生活を学び、他の修道会同様に創立者の精神を学びます。イエズス会の場合はそれに2年かけます。そのあとに勉強が始まりますが、長いんです。まず哲学に3年かけます。ものの考え方、世界はどう動いているか、論理的客観的に考える訓練ですね。その後2年間、福祉施設や学校などキリスト教の施設で働く経験をします。そこでやはり自分は司祭の道だと確信したら戻ってきて、いよいよ神学の4年間が始まります。聖書の勉強はプロテスタントより少ないかもしれませんが、教会の歴史や教義学、特に典礼学を多く学びます。

そういう勉強の間、指導者や周りの人が見ているんですよね。この人は一生涯司祭職が続くかと。そして、イエズス会の場合は様々な段階で評価をするんです。

入会のときなど、特に神学の学びの前や司祭叙階の前にはインフォルマチオといって、その人を知っている4人の人からその人についての報告をもらいます。この人についてどう思うかということを4人から集めて、会の係の者が協議をします。それぞれに常識や価値観がありますから、否定的に書く人もいますし。なので、少なくとも4人から集めます。

それらは全部記録に残します。そうしますと全会員の「個人ファイル」が出来上がるわけです。各段階の報告や、指示書、任命書ですね。それがこの管区本部にあります。大事な時には、ローマのイエズス会本部に翻訳して報告します。司祭叙階や最終誓願などですね。向こうからのオーケーを待たなければなりません。世界中のイエズス会は400年間それを続けて、個人データを集めてきたわけです。

山岡三治神父

――最終誓願までにはどれくらいかかるのですか。

最終誓願は叙階のあと数年ですね。司祭叙階後少し働いて、もう一度半年から1年にわたる修練(第三修練)が待っています。一度司祭として働き始めると、牧師もそうですが、3年から10年の間に多くは燃え尽き症候群になるんです。プロテスタントの先生方と懇談会でこれをどうするか話し合ったこともあります。イエズス会では、一度「第三修練」といって職場から引っこ抜いてしまうんです。休めるし、振り返る時間にもなるわけです。自分が本当にこの仕事でいいのかと考えることもできるし、勉強もできます。

その間はそれまでの仕事とはなるべく別のことをしてもらいます。普通の教会で司牧をしている人なら外国人司牧をしたり病院に行ってもらったり。それで戻って少し働いてそれでオーケーならようやく最終誓願の許可がおります。入会から13年から16年ほどでしょうか。すごく時間がかかります。

プロテスタントからすごいと言われるのは、その間の養成費用を会が全部責任もつことです。大学にも送りますし、留学もさせます。ですからすごくお金が必要です。そうでないと若い人を養成できません。今は若い会員が少ないので、海外の若い会員のために送金することもあります。

その第三修練のためのお金が、プロテスタントの場合にはないわけです。富坂キリスト教センターは若い牧師を受け入れたりしていますけれども、私も少しイエズス会の例を紹介しました。今の仕事からいったん離れて、しばらく休んだり勉強しなおしたりして、活力を得て、教会に戻ることを支える制度の必要性です。

カトリックの場合はそういう制度がしっかりしているんです。区切りごとの評価の機会、会員はそれを聞いて見直すという機会を与えています。客観的にね。

管区長補佐としてそのための情報を集めたり、管区長とともに会員の派遣先を決めたりするのが私の今の任務です。もちろん二人で決めるわけではなく顧問会もありますし、様々な情報を参考にします。会員一人ひとりについて、全体的に考えます。

イエズス会の場合は入会が大人になってからなので、他の修道会より規則的に厳しいですね。インフォルマチオもそうですが。

 

イエズス会が400年続けている『カタログ』と『報告書』

――管区長はどのような仕事をされているのでしょうか。

管区長は管区の会員全員と一年に一度必ず会うことになっていて、その場で一人ひとりに一時間与えます。必ず答えなければならないいくつかの項目がありますが、まず健康状態。それから、今派遣されている任務に満足しているか。もし変わりたいならどこに行きたいか、それに対して自分に何ができるか、などに答えてもらいます。自分の能力を自分で表明する必要はありますね。管区長はそれを全部記録します。また、その人について他の会員がどう見ているか聞き取ります。それを全員についてします。今はイエズス会日本管区は180人。三十年前は300人以上いました。

会員は、管区長に言いたいだけ言わせてもらったので、「あとはどうぞ決めてください」というのが基本的な態度です。自分の意見を言わないばかりに他の人の評価だけで不本意な異動をさせられるなんていうことは、世間のいろいろな組織でよくあるでしょ。しかし、ここではちゃんと本人の話を聞きます。しかも一時間必ず与えます。短くて足らないのでもう一時間くださいって人もいます。でも、すっきりしますよ。自分の言いたいことを言って聞いてもらえるって。

高い見地から必要なところに送ってもらえるわけですが、そこで信仰も試されますね。管区長に神が働いてると思えているかどうか、ということですからね。行きたくないところに行かされて、管区長に反感を持ったりしても、それは本人の信仰の問題になってしまいますから。

そこに修道会の従順の意味が出てきますね。従順というのは、上長の言うことに従うということではなくて、相手を信じるかかどうかということです。そこにキリストがいると信じなければ誰も従いません。神がそこに働いていると思っているからこそ、どんな辺鄙なところに送られようと、神の意志が働いているならば、どこであれそこで一生懸命やろうっていう気持ちになるわけです。

また、独身だからどこにでも送れるんですよね。家族がいる牧師先生は大変だと思いますよ。しかも管区が責任を持つので送るのは簡単です。本人はどれだけ稼ぐかなんて気にすることはありません。だから、怠慢になろうと思えば怠慢になれますけどね。でも怠慢していたらやり甲斐はありませんよね。

私自身は最初は勉強に送られて6年ほど留学していましたが、勉強だけではさびしいので教会の仕事もさせてほしいと願い出て、広島に行くことになりました。盛んな教会で、200人ほどの子どもがいる幼稚園や保育園の副園長の仕事をしていました。あれ、私には一番向いている仕事だったんじゃないかな。まぁ一生に一回でも向いてる仕事があれば、それで満足しないといけないと思いますね。

その後、神学部教員が足らなくなったのでこちらに送られました。26年あっという間でした。管区長補佐になってからは4年目になります。

 

――先ほどおっしゃっていた「個人ファイル」について、もう少し詳しく教えてください。そのほかにも、イエズス会の特徴的な制度などがあるのでしょうか。

全会員の個人ファイルは門外不出なんですが、実は、日本でも管区の全員についてまとめられている『カタログ』があります。生年月日、入会からの記録、司祭叙階年、現在の任務がまとめられているんです。世界中の管区で同じものを毎年発行していて、世界中の管区本部に必ず1セット置いてあります。これは400年続いている伝統です。連絡先や派遣先まで一覧できて、たとえば誰か会員が外国に行くときなど、その国の管区の誰を頼ったらいいか、すぐわかるようになっています。カトリックではどの修道会でも、このように世界中に兄弟がいる実感があると思いますね。

イエズス会の『カタログ』

それからイエズス会の制度としてご紹介したいのは、フランシスコ・ザビエルの時代から、世界中にいた宣教師たちが年に一回ローマのイエズス会本部に提出していた報告書です。長い手紙で、そこからその時代のその地域の様子がわかるんです。陸路や海路などに分けて送れるように、3通書いたんです。あの時代ですから実際にローマに着くものはなかなかないのですが、ときには2通届くこともあったようです。すると内容は見事にまったく同じで、しかも字からして同じものを書いていました。まるでコピーしたかのように。

日本史の研究者もローマのイエズス会本部を訪ね、当時の日本の宣教師の手紙を見にいくほどです。当時の日本語の発音もわかります。宣教師が音を聞いて文字に残して意味も書きますから。各地で辞書を作りました。私もその本部の文書館に行ったことがあります。当時の宣教師は土地の植物や木の実についてもイラストまで添えていました。しかも、何人もの人が書きますから、それで客観的にわかるようになります。

この報告書は今も続いています。私も書きますし、管区長も書きます。別の会員も書きますね。内容はもちろん日本の教会について書くわけですが、ローマのイエズス会はそれらを読んで日本について理解するわけですね。こういう組織です。

 

「黒衣の教皇」イエズス会総長の来日と展望

――イエズス会総長が来日されますね。

管区長は一人ひとりに会うという話でしたが、管区長館に呼び出すのではなく、管区長がその場に訪問して行います。その場で何をしているかわかりますし、その他の人にも話が聞けますね。そういうところからも評価します。管区長は年の半分は留守ですよ。私は留守番です。

管区長の国内の公式訪問のいわば大型版が、総長の公式訪問です。彼は各国を回っています。総長は管区の主だった会員に会いますし、協力者にも会います。総長の任期中に必ず一回は世界中の管区を回ることになっています。一つの国に回ってこれるのは任期中一度でしょうね。前の総長は上智で教えていたニコラス先生でした。

 

――「黒衣の教皇」というのはどういうことですか。

 よく言われますが、まず外から見て、教皇は白いの着てるでしょ。イエズス会の総長はスータンですから黒ですよね。あれは昔の学生服だったんです。安かったので。

教皇は外から見ても教会を動かしているように見えますが、イエズス会の総長は陰から、すごい策略を練って教会を動かしていると言われているんです。昔からイエズス会員は大変な高学歴エリートでしたから、実際教皇から頼られることもあったわけです。先進的過ぎて嫌われたこともありました。フロンティア精神が強いんですよ。キリスト教で国や地域に行くとか、一番危険なところに行くとか。映画の『ミッション』みたいに。

私は第三修練で志願してアラスカにいきましたが、誰も来なそうなところなのにイエズス会はいるんです。あそこをカトリックにしたのはイエズス会です。元は正教会でしたが、全部カトリックにしてしまったんですね。イエズス会らしいですよね。策略的というか。

それが問題も起こしましたね。中国でフロンティアやって、中国にふさわしい典礼を考えてやろうとしたら保守的な人とぶつかったり(「典礼論争」)。そういう問題も起こしますけど、教会を広げていきいきとさせるために、しかし陰で(表に立たないで)働くので「黒い」っていう言われ方をするんですよね。良い意味もあるし、悪い意味もあるし。大抵は悪い意味でとってるみたいだけどね。

できるだけ表に立ない。イエズス会は上の地位には立たないことを約束するんです。本来は外から見えるような偉い立場にはならないことになっています。それゆえ普通は司教になりませんし、教皇候補にもふつうはなりません。今回の教皇は枢機卿たちが決めたもので、それは断れませんでしたが。

イエズス会は最前線で地道に人と関わるのが使命です。上に立ってしまうと上から話すことになってしまうし、地位が約束されてしまいますよね。だから、今の教皇様も努力してますよね。宮殿に住んでないし、車も普通だし、時計も安いの使ってるし。

 

――今後のイエズス会日本管区のビジョンを教えてください。

今回来日しますが、ソーサ総長は4つ大事な点を挙げました。

識別、つまり祈りながらものを決めて選んでいくこと、神が大事だと思っていることを選ぶことですね。それから若者を大切にすること。排除された人々、たとえば難民や移民を大切にすること。そして、地球環境です。

これを会の活動の四本柱(方向性)にしようということになっています。総長が来日するときも、これらを強調すると思います。それぞれの会員や日本管区がその中から好きなものを好きに選ぶわけではなく、4つ全部生かしていく精神で、それぞれの活動の場で頑張りましょうということになるでしょう。

若者についてはすごく大きな課題だと思います。日本では若者が少ないですが、その若者が将来を作っていくことになりますし。排除されている人だって日本にもいますしね。

環境だって他の国よりは大切にしているかもしれませんが、問題はたくさんありますよね。しかも単に環境保全ということではなく、教皇も総長も言っているのは、家族を大切にするとか、基本的に人間にとって大切なものを大切にしないと、環境なんて守れないってことですよね。それとあんまり贅沢しないとか。

そういうものが合わさって、環境を守るということになります。「母なる地球」といいますが、物質的に地球を守ろうというのでなく、もっと心がこもった言い方ですよね。日本にだってそういう価値観はありますから、それが人間を育てるものになるようにしていかないと、いけませんね。

そして、日本のイエズス会にとっては上智大学がとても大切ですので、こういうことを考えられるいい学生を育てる、育ってもらうってこともとても大切ですね。

 

――本日はありがとうございました。

山岡三治(やまおか・さんじ)
1948年生まれ。1976年イエズス会に入会。1984年司祭叙階。
2016年よりイエズス会日本管区管区長補佐を務める。
上智大学名誉教授。

 

(文責:石原良明=AMOR編集部/写真:坂本直子=クリスチャンプレス記者)


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