『典礼音楽の転換点』4 オルガンと電気


齋藤克弘

 これまでは、歴史的に古い時代のことから順番に書いてきましたが、今回は少し時代を現代に近づけて、かなり近年のことを書いてみたいと思います。

今までも何回か書いてきましたが、教会の伝統的な楽器といえば、ほとんどの皆さんが「オルガン」を思い浮かべると思います。オルガンが教会に導入されたのは以前にも書いたように、早く見積もって9世紀頃ですが、オルガンはまたたくまといっていいほどに教会の中で聖歌の伴奏だけではなく、演奏のための楽器としての地位を確保していきます。ルネッサンス時代以降は、教会の建築とオルガンは切っても切り離せないものとなり、新たな聖堂・教会堂を建てるときにはオルガンも建築芸術の一部として、つまり、教会の装飾の一つとして作られるようになりました。最前列に金属パイプが立ち並び、さらには水平トランペットというオルガンから突き出たパイプが並ぶオルガンは建築の域を超えた華麗さを見せています。

ところで、もう一度おさらいをしましょう。オルガン(パイプオルガン)のパイプはベルギー・メッヘレン大聖堂のパイプオルガン一本が一つの音しか出せない笛で、それが各ストップで表記される音色と各鍵盤に対応する音を出すような長さに調整されています。そして一つひとつのストップのノブを引くと、そのストップの音色のパイプの土台になっているような箱に、圧縮空気が送られ、鍵盤を押すと各鍵盤に対応したパイプの弁が開いて、圧縮空気がパイプに送り出されてパイプが鳴る、という仕組みです。ですから非常に極端な言い方をしますが、ハンドベルのように、鍵盤の代わりに人が一本ずつパイプを吹いて音を出しても、同様に演奏をすることができるのです。ただし、隣の音を一緒に演奏する曲、複数のパイプを一度に鳴らす曲もありますから、ハンドベルのように一人が複数のパイプを吹くことは無理があります。ですから、一人が一本のパイプを吹くとすれば、相当人数の人が必要になります。また、ペダルのパイプのように太くて長いパイプを吹くには、かなりの肺活量が必要となりますから、これは、実際には実現は不可能でしょうが、理屈としてはできないことではありません。

このように、オルガンはパイプを鳴らすのに、笛と同じように空気を勢いよく送ってやらなければなりませんから、空気溜めに圧縮した空気をためておいてやらなければなりません。現代のオルガンはスイッチを一つ押せば、コンプレッサーが回りだし、空気溜めに空気が溜まるようになっていますが、これは、ひとえに電気・電力があってのことです。日本で最初に電気の送電が開始されたのが1887年・明治20年です。とはいえ、送電が開始されてすぐにどこでも電気を使うことができたわけではありません。日本の文明開化と呼ばれた時代、オルガンと言えば足踏みのふいごで空気を送るハルモニウム(リードオルガン)が主体でした。日本最初のパイプオルガンは大正9年にイギリスから輸入されました。

では、電気が使えるようになる前はオルガンはどのようにパイプに空気を送っていたのでしょうか。それは、オルガンの裏側に大きなふいごがあり、そのふいごを人が押して空気を送っていたのです。小さなオルガンならふいごも一つでよかったでしょうが、鍵盤やパイプがたくさんになればなるほど、ふいごもたくさん必要になります。大きなオルガンを設置するということは、建物を大きくするだけではなく、ふいごの数にふさわしいふいご職人を雇わなければならないということなのでした。ですから、どんなに有名なオルガン奏者が演奏するにしても、ふいご職人が手配できなければオルガンはならなかったのです。大きなオルガンを持っていた教会や修道院にはそれだけのふいご職人も雇われていたということになります。つまり、オルガンを維持していくにはそれなりの人件費もかかったということなんですね。

それが、電気でコンプレッサーを回すことができるようになると、話は一変します。何人もふいご職人を雇わなければならなかった大オルガンも、電気で動くコンプレッサーのスイッチを入れれば、だれの手も借りずに、オルガンに空気が送られるようになったのです。それによって、オルガン奏者は24時間いつでも好きな時に練習もできるようになりましたし、人の少ない教会でもオルガンを設置することができるようになったのです。ただし、電気に依存しているオルガンは停電の時には使うことができないというリスクがあることも事実です。とはいえ、小さな教会や聖堂でも足踏み式のハルモニウム(リードオルガン)ではなく、電気で動くデジタルオルガンを使うことができるようになったのも電気が広く使えるようになったおかげです。

(典礼音楽研究家)


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