バチカンをめぐる素朴な質問あれこれ(AMOR流リサーチ)


そぼ
初めまして! 祖母江(そぼえ)だよ。下の名前は募集中。バチカンについて色々と素朴な質問があるんだけど、検索してもたくさんページがあってどれを見ればいいかわかんないな……。
りさ
ふふん、ではわたしがお答えしましょう。リサーチは得意分野です。あ、申し遅れましたが、わたしはりさといいます。安易とか言わない。
そぼ
いや、誰もそんなこと言ってないんだけど……まあいいや、よろしくー。

 

 

1)バチカンはカトリックの総本山なの?

そぼ
「バチカン、中国と和解」という見出しの記事(9月23日付『毎日新聞』朝刊)の冒頭で、「キリスト教カトリックの総本山であるバチカン(ローマ法王庁)」とあるね。わかるような、わからないような……。総本山ってどういう意味?
りさ
「総本山」とは、『広辞苑』(岩波書店、第六版)によれば、

①一宗の各本山を総括する院。一宗、一を総括する寺
②比喩的に、ある組織・流派などの大もと

とあります。本来は仏教用語で、そこからある組織の大もとを指すときに使う用語ということですね。新聞報道では、バチカンはカトリックの総本山と紹介されることが通例です。
日本では仏教のことがよく知られているという前提に立った報道慣例なのでしょう。とりあえず、宗教団体の組織ととらえているということはわかります。

そぼ
仏教用語で来られても、大体の人はわからないんじゃないかな。そんな比喩を使わないで、普通に「大もと」って言ってくれればいいのに。「半分、正しい。」表現というところでは?
りさ
「半分、青い。」にかけましたね。

 

 

2)バチカンは国なの? 何かの組織なの?

そぼ
でも「バチカン市国」というのも聞くね。バチカンは国でもあるのかな?
りさ
『広辞苑』には、バチカンではなく「ヴァチカン」という表記で項目があります。

①ローマ市西端ヴァチカノ丘にある教皇宮殿
②ローマ教皇庁の別称
③ローマ教皇の統治するローマ市内にある小独立国。1929年成立。ヴァチカン宮殿・サン-ピエトロ大聖堂を含む。面積 0・44平方キロメートル。人口822(2006)。ヴァチカン市国。

比較的的確ではないかと思いますし、歴史的な流れがわかります。またバチカンは教皇と関係があるところだということがわかりますね。
なお、日本のカトリック教会では「バチカン」と表記、『新カトリック大事典』(上智学院新カトリック大事典編纂委員会編、研究社)では「ヴァティカン」という表記になっています。それぞれの片仮名表記基準によるようです。
バチカンと表記するときには、くれぐれも「バカチン」と間違えないようにしてくださいね。

 

 

3)正式には「聖座」

そぼ
「バチカン、中国と和解」というときは、「バチカン市国」という意味なのかな?
りさ
いいえ。バチカンというときは、やはりローマ教皇庁です。ローマ教皇庁自体が「宗教上の奉仕組織(教皇の補佐組織)の面と、国際的な国家の面をもっている」のです。「国家としての教皇庁」は正式名称では「聖座」といわれます。ラテン語で「Sancta Sedes」、英語だと「ザ・ホーリー・シー The Holy See」ですね(カトリック中央協議会『カトペディア 2004』98ページ参照)。
日本の外務省の各国一覧でバチカンを引くと「法王聖座」という訳語で、やはり聖座という正式名称で扱われています。
そぼ
インターネットで「vatican」と検索すると、バチカンの公式サイトが出てくるけど、そこではたしかに「The Holy See」が正式名称として出てくるね。聖座が正式名称、バチカンが通称ということか。

 

 

4)教皇か法王か、教皇庁か法王庁か?

そぼ
ところで、教皇と法王、教皇庁と法王庁と二つの言い方があるようだけど?
りさ
このことはよく言われますね。教会では「教皇」「教皇庁」、新聞では「法王」「法王庁」とあるがどうして違っているのか? どっちが正しいのか?と。
現在の日本のカトリック中央協議会のサイトでも「よくある質問」というコーナーで解説されています。以前は日本のカトリック教会の中でも混用されていたのが、1981年ヨハネ・パウロ2世の来日を機に、「教皇」に統一されたそうです。
政府や新聞で「法王」と使われるのは、駐日バチカン大使館の正式名称が「ローマ法王庁大使館」であることがもとになっているそうです。外交関係が樹立されたときにローマ教皇庁がこの「ローマ法王庁大使館」の名称で政府に申請したことで、それはなかなか変更されにくいのだと説明されていますね。
そぼ
世界史の教科書では、教皇と習っていたな。教皇権と皇帝権の対立とかね。だからちょっと法王といわれて違和感を覚えることもあるね。
りさ
NHKでも歴史番組などでは「教皇」を使っているようで、ここでも混在しているようです。

 

 

5)「パパさま」が一番!?

そぼ
教会では、教皇が「パパ様」と呼ばれるらしいね。
りさ
『新カトリック大事典』を参考にしますが、教皇の原語は、ラテン語でPapa。パパですね。英語ではポープ(pope)、ドイツ語ではパープスト(Papst)、フランス語ではパプ(Pape)。パパの訳語で、教皇を固有に指す単語となっています。古代では司教に対する敬称だったものが、中世の西方ではローマ司教を指すようになったようです。
そぼ
パパっていうのは、教えの父ということであれば、どこで法王とか教皇とかいう訳になるのかな。王でもなければ、皇帝でもないだろうに、ただ教会の最高指導者というだけならばね。
りさ
たぶん、そのような考えがあったのかと思われますが、日本のミサ典礼書でも、奉献文のところで、「わたしたちの教父○○」という言い方になっています。
ただ、この部分について、教会では教皇と統一しているのだから「教皇」と呼ぶべきだというように思って、「わたしたちの教皇○○」と唱えている司祭もいるそうです。「教父」は「きょうふ」、「恐怖」を連想させるという屁理屈を語る人もいるとか。
そぼ
教父は恐怖? じゃあ、教皇は「恐慌」とか「強行」を連想させない?
りさ
抑揚が違うので、大丈夫かと。
そぼ
中世に教皇と呼ばれていたことは、皇帝との対比でわかるけれど、今はどうかな。
りさ
世界史的な関連からいっても、また現在でも、カトリック教会の最高指導者というだけでなく、政治的主権を有している存在という意味では「教皇」でよろしいのではないかと思われますが、私見ですみません。

 

 

6)ところで、バチカン市国とは?

そぼ
話はちょっと戻るけど、バチカン市国ってなんなの?
りさ
簡単にいえば、ローマ教皇庁がもっている政治的主権者という側面を目に見える形で表すものといったところでしょうか。1870年に教皇領が消滅した後も、「教皇の主権は国際的に認められ続けた。ラテラン条約による、1929年2月11日に生まれたバチカン市国は、これを追認するもの」なのだそうです(上掲『カトペディア 2004』98ページ参照)。
そぼ
イタリアのローマの中にあって独立国なのは、そのためなんだね。
りさ
実は歴史的には逆で、古代ローマ市がキリスト教の地域になると、ローマ司教(つまり教皇)が町の首長のような役割をもち、8世紀半ばには教皇領が始まると、以後、教皇領(教皇国家)の君主としての地位を19世紀、1870年まで持ち続けていたのです。イタリアという統一的な国家はなくて、教皇領(教皇国家)をはじめいくつもの国や都市国家がありましたね。
近代の統一イタリアができ、教皇領が消滅してから、教皇庁とイタリア国家の間の関係づくりが必要になりました。それがようやくできたのが59年後の1929年のラテラノ条約だったというわけです。ここでバチカン市国という独立国が建国されたということになります。
そぼ
最初は教皇国家のほうが先にあって、それが後から生まれた近代イタリア、しかもその首都のローマの中に含まれたときに、どのような位置関係になるかということだったのか。
りさ
この条約によって、聖座は、バチカンについての「完全な領有権、排他的かつ絶対的権力ならびに至高の司法権、これに併せて外交使節の派遣および接受の権利」をイタリア国家から認められたとあります。さらに、イタリア領土内(ローマおよびその近郊)にある幾つかの教会堂や不動産の完全な領有権も認められています(『新カトリック大事典』「ラテラノ条約」参考)。
つまり、ローマ教皇庁は政治的な次元で「聖座」という役割を発揮するために、完全に行動の自由を認められたということになります。
そぼ
こだわるようだけど、バチカン市国を確保してまで、教皇庁はなぜ政治的主権が必要なの?
りさ
それは想像できるのではないでしょうか。カトリック教会は、全世界に広がるべき普遍の教会ということで、全世界に宣教し、世界各国に教会があるわけです。その教会を指導するために、ローマ教皇および教皇庁は、イタリアの国益に左右されてもならず、また、世界各地の教会のある国々とも関係をもって、そこにある教会の指導にあたらなくてはなりません。
宗教活動を展開する上で、イタリアや各国と関係をもつことは必然なので、その指導力を発揮するためにまずはイタリア本国で自由な主権を確保していることが大事なのだろうと思います。

 

 

7)なぜ、カトリックの中枢はバチカンにあるの?

そぼ
バチカンがカトリック教会の最高指導部、教皇と教皇庁があるところで、そこの政治的主権も確保されてバチカン市国となっていることはわかったけど、そもそも教皇とバチカンのつながりは最初からなの? いつから、カトリックの中枢はバチカンになったのかな?
りさ
それは、だいぶ長い話になることですが、思い切って簡単にいうと、ローマの中でもバチカンの丘は殉教した使徒ペトロの墓があるところとして重要なのです。
キリスト教を公認したコンスタンティヌス大帝がここに大聖堂の建設を始め、354年に聖ペトロ大聖堂(今のサン・ピエトロ大聖堂の最初の姿)が完成しました。ところが、ローマの教会の指導者である司教(つまり教皇となる人)が居住するところは、古代・中世ではずっとラテラノ宮殿だったのです。
そこのサン・ジョヴァンニ・イン・ラテラノ教会は、その意味で全カトリック教会の母教会という位があり、現在でもカトリック教会の典礼暦では、11月9日がラテラノ教会の献堂として祝日があるぐらいです。
そぼ
そういえば、ラテラノ公会議というのもあったね。
りさ
はい。12世紀から16世紀初めまで全部で5回の公会議がラテラノ公会議と呼ばれています。まさに教皇のお膝元での公会議ということだったのでしょう。
そぼ
じゃあ、教皇がバチカンに住むようになったのは?
りさ
ローマ司教つまり教皇の居住場所としてのバチカン宮殿が最初に造られたのは、15世紀半ばの教皇ニコラウス5世のときだといいます。バチカン図書館を創立したのもこの教皇ですし、さらにサン・ピエトロ大聖堂も全面的に新しくしようという計画も立てたのです。
この計画が本格化し、定礎式が行われたのが1506年、完成したのがその109年後の1615年。これが現在のサン・ピエトロ大聖堂です。ミケランジェロ、ベルニーニらの活躍のことはお聞きと思います。このころシスティナ礼拝堂やバチカン博物館などの建物、そして現在のバチカン宮殿なども建てられて、今日のような形が整ったといえます。
そぼ
ということは、バチカンは近世・近代・現代になってのローマ教皇の拠点地というわけだね。
りさ
もう古代・中世のような世界には戻れず、大航海時代とともにまさしくグローバルな世界になってからのカトリック教会の拠点地だということがいえると思います。

 

 

8)バチカン市国の元首は、国民は?

そぼ
教皇庁の主権の座を確保するためにできたバチカン市国ということだけど、国として見て普通に思うことを聞くよ? まず広さは?
りさ
広辞苑にもありましたが、0.44平方キロメートルです。最近よくいわれる東京ドーム(約0.047平方キロメートル)を規準でいえば、東京ドーム約9.4個分ということになります。
そぼ
国の元首、王とか大統領にあたる人はいるのかな。
りさ
それは今までの話の流れでおのずとわかることです!
そぼ
すいません、ローマ教皇ですね。
りさ
当然です。つまりローマ教皇には、宗教的な面でカトリック教会の最高指導者という姿と国際政治の場では、バチカン市国の元首という姿の両面があるのです。ですから、たとえば来日するということになると、国賓として天皇や内閣総理大臣と会見するということになるのです。
そぼ
国としてのバチカンの国民にあたる人は? 人口は?
りさ
バチカン市国民の人口は約800人といわれますが、バカチン市国の国籍、つまり市国民権を有する人はいません。教皇庁に属する枢機卿や高位聖職者、これに関連するさまざまな機関で働く人たちなどがいわば市国民ですが、それも一時的なもので、職務や特権を離れたときには出身国の国籍に戻ります。
聖職者だけでなく、既婚の職員もいますが、基本的には教皇庁およびバチカン市国に属する諸機関・諸施設のうちの常駐者が住んでいるということになるでしょう。ローマなど市国外から通勤する人ももちろんいるわけです。そういう意味では、普通の国とは違いますね。

 

 

9)スイス人衛兵が有名だけれど、あれは軍隊?

そぼ
時代的風情の衛兵はどのような位置づけなの? 軍隊?
りさ
もちろん軍隊ではありません。教皇と教皇宮殿の警護にあたる衛兵です。そのほかの警備のためには市国警察というものがあります。
とはいえ、教皇領(教皇国家)時代にはもちろんさまざまな形式の軍があったのですが、それらが最終的に廃止されたのはなんと教皇領廃止から100年たった1970年だったとのことです。スイス人衛兵だけがその名残といえるのかもしれません。
これについての歴史物語る洋書を紹介した記事がこのAMORの「選りすぐり洋書紹介」にありますので参考にしてください。

 

 

10)バチカン市国は、貨幣も行政も独立?

そぼ
普通の国なら独自の貨幣を発行する権限があるけど、バチカン市国の場合はどうなってるの?
りさ
貨幣発行権、鋳造権もあります。通貨は、以前はイタリアと同じリラでしたが、現在はユーロですね。鋳造はイタリア造幣局が行います。
そぼ
行政のしくみは? これも教皇庁の仕事?
りさ
いいえ、教皇庁とは別に、市国政庁というものがあります。バチカン市国内のさまざまな施設の管理にあたる役所といえばいいでしょうか。バチカン市国行政庁長官がその責任者です。
ただし、あくまで元首、教皇庁の主権を代表するのは、教皇です。また伝統的な職名で国務長官という人がいますが、いわば総理大臣にあたる人です。さらに外務大臣にあたる外務長官という人もいます。国際関係の場で「バチカン」、正しくは「聖座」を代表するのが、これらの人々ということになるでしょう。

 

 

11)教皇とはどういう存在?

そぼ
ところで、ローマ教皇っていうのはどういう役割や仕事をしているのかな。
りさ
今、それを聞きます? もう知っていて、バチカンのことを聞いていたのかと思いました。最初に聞いてほしかったです。
そぼ
聞き方に順番なんてあるの? それがわからないのが素朴な質問たるゆえんだと思うけど。
りさ
開き直りましたね。でも、どこから聞かれても大事なことはリサーチするのが私の役目ですから、対応しましょう。
教皇には正式にはたくさん称号があるのをご存じですか。「ローマ司教、キリストの代理人、使徒の頭(かしら)の継承者、全世界のカトリック教会の統治者、イタリア半島の首座司教、ローマ首都管区の大司教、バチカン市国の首長、神のしもべのしもべ」。これは歴史上の教皇がそのときどきで自称したものが組み合わさっているのですが、理解するために基本となるのは、「ローマ司教」ということと「使徒の頭(かしら)の継承者」であるということだと思います。
司教としては、全世界にいるカトリック教会の各地の主要な指導者である司教の中の一人なのですが、その中でも使徒の頭(かしら)であったペトロの後継者であるということが、他の司教たちに対して「教皇」という特別な地位、すなわち「全世界のカトリック教会の統治者」つまり頭(かしら)という地位にある存在だということを示しています。
これについて第2バチカン公会議の『教会憲章』22項では、次のように書かれています。「主の制定によって、聖ペトロと他の使徒たちが一つの使徒団を構成したように、同等の理由で、ペトロの後継者であるローマ教皇と使徒たちの後継者である司教たちとは互いに結ばれている」
そぼ
具体的には、どのような権限があるの?
りさ
それはカトリック教会の中にいるといろいろと実感されますよ。
たとえば、特に、司教の任命。それから教皇文書の発布。回勅とか使徒的勧告とか自発教令とか各種あります。第2バチカン公会議の公文書も最終的には教皇の名によって出されます。信者にとって関係の深い典礼書・儀式書(規範版)も教皇の名によって出されます。あとは、教会裁判に関する最高の座でもありますし、教会の中の組織(教区、修道会)に関する設立や廃止、聖人や福者になることを決定する列聖・列福も教皇の権限。具体的な典礼祭儀を行ったりするのは司教と同じですね。
これらは宗教団体としてのカトリック教会の最高指導者としての仕事になります。もちろん、具体的な実務は教理省、福音宣教省、典礼秘跡省など、個々の機関があり、その長官がいるわけですが、最終的な承認や認証を行うのが教皇です。政治的主権者としては、外交的な訪問者(外交官や各国首脳)との会談もあれば、世界各地の教会を訪問したり、キリスト教の諸教会・諸教派の長と会見したりすることも大切な仕事となっています。

 

 

12)教皇とはどのように選ばれる?

そぼ
各地の司教は教皇に任命されるということだけど、その教皇自身はだれが任命するのかな?
りさ
教皇は選挙で選ばれるのです。この選挙会をコンクラーヴェといいます。長い歴史があるのでここでは深く立ち入りませんが、11世紀に枢機卿と呼ばれる人が教皇候補を指名することができるようになりました。選挙できる資格は枢機卿に限定されています。
13世紀になると、枢機卿たちが外部との接触をせずに「鍵のかかる部屋」(コンクラーヴェ)において秘密に選挙するという現在のような方式ができたといわれています。このコンクラーヴェが今日の教皇選挙会、厳密にいえば「教皇選挙秘密投票会議」になります。外部の影響を受けてきた混乱の歴史を反省し、つくられた経験と知恵の産物のようです。こちらも洋書紹介に記事がありますので、参考にしてくださいね。
そぼ
選挙で選ぶなんて、結構民主的なんだね。世襲ということはないんだな。あ、そもそもカトリックの場合、聖職者は独身か……。

 

 

13)枢機卿とは?

そぼ
ところで「枢機卿」っていうのは、映像でよく見るあの赤い服を来た人?
りさ
枢機卿は「カルディナーレス」といい、「カルド」すなわち蝶番(ちょうつがい)とか軸を意味する言葉から来る用語で、教皇の協力者・顧問のことです。5世紀ごろからローマ教区の司祭・助祭の中の優秀な人を自分の補佐として選んだところから始まり、ローマ以外の教区の司祭へと発展しました。
現在では、ローマに属する諸教区の司教はもちろん、それ以外の教区司教・大司教、教区司教でない人など、広範囲に選ばれるようになっています。枢機卿への任命については日本語でも「親任」という訳を使い、教皇との近さ・親しい地位を表現しています(『新カトリック大事典』「枢機卿」参照)。
そぼ
枢機卿ってどんな仕事をするの?
りさ
教皇の仕事の相談役のような役割を枢機卿団として、また枢機卿会議という機関をとおして果たすのですが、主に二つの役割が『新教会法典』では挙げられています。一つは教皇の選出。これはさっきいいましたが、11世紀から枢機卿に限定されるようになった、大きな仕事です。もう一つは全教会の牧者としての働きを枢機卿会議やら、また教皇庁の各官庁の長官に任命されることで果たすということです。これらの長官は枢機卿が務めるのが原則です。

 

 

14)アジアや日本からも、いつか教皇が?

そぼ
日本で前田万葉大阪大司教が今年枢機卿になったというのは大きなこと?
りさ
各地の教会の側から見ると、自分たちの教会の中に枢機卿がいるというのは、それだけ教皇の近くにいる感じがしますし、全教会の牧者としての枢機卿会議のメンバー、特に教皇選挙会の選挙人がいるというところで、全世界のカトリック教会の輪の中にいっそう深く入ることができたと実感されているようです。
そぼ
ってことは、もしかして日本人が教皇に選ばれる可能性もあるのかな?
りさ
最近の教皇は枢機卿のメンバーを全世界、五大陸から選んでいて、ほんとうに世界の縮図のようになっています。そのため、長い間イタリア人が教皇だった歴史が近年超えられて、ポーランド人(ヨハネ・パウロ2世)、ドイツ人(ベネディクト16世)、アルゼンチン人(フランシスコ)と国籍が多様化しているのです。
そぼ
なるほど。じゃあ、日本人とはいわないまでも、アジア人が教皇になる日が将来にはあるかも?
りさ
あるかもしれません。でも、世界の行く末、教会の行く末しだい、すべては神のみ摂理といえるのでないでしょうか。リサーチの限界を超えることです。

 

(企画・構成:石井祥裕、イラスト:高原夏希=AMOR編集部)

 

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