ミサ曲7 感謝の賛歌


齋藤克弘

通作ミサ(ミサ曲を一人の作曲家が全部作曲すること)の場合、栄光の賛歌の次は信仰宣言なのですが、信仰宣言はほかのミサ曲と異なり、内容が賛歌ではなく信仰告白となっていますので、このシリーズでは最後に触れることにして、今回は感謝の賛歌について書いてゆくことにします。

感謝の賛歌はミサ曲の中では唯一、旧約聖書をテキストとしています。ところで聖書という言い方のほかに、旧約聖書と新約聖書という呼び方があるのは皆さんご存じのことと思いますが、どのような違いがあるか、この「陽だまりの丘」の読者の皆さんは知っておられることは思いますが、一応触れたいと思います。聖書というのはもともとユダヤ教の経典で、律法の書(モーセ五書)・預言書・諸書からなっていて、キリスト教で新約聖書が編纂された後にこれらを旧約聖書と呼ぶようになりました。新約聖書はキリスト教だけのもので、イエスの生涯の事績を書き記した福音書とイエスの弟子たちの活動を記録した使徒言行録、使徒たちが各地の教会にあてた手紙、そして神の国が完成するときの様子を預言した黙示録からなっています。ですから、ユダヤ教では今でも律法の書・預言書・諸書からなる聖書が聖典であり、新約聖書は聖書とは認めていません。キリスト教の場合には聖書のうち、ユダヤ教から受け継いだものを旧約聖書、イエスの事績を記した以降のものを新約聖書と呼び、その両方を合わせて聖書と名付けています。

さて、本題へ戻りましょう。感謝の賛歌の冒頭のことばは、「聖なるかな、聖なるかな、聖なるかな、万軍の主、その栄光は天地に満つ」という預言者イザヤが幻で見た玉座におられる主に使えるケルビム(天使)が主をたたえる賛美のことばから始まります。「聖なる」の3回の繰り返しはヘブライ語で神の聖性を最大限表現する表現方法です。「万軍」ということばは、この時代には一般に天の星を指したようですが、ここでは神のそばで仕えるものをこのように呼んでいます。現代的な「軍隊」とは意味合いが違うので、そこのところは注意が必要ですね。

続く歌詞「天の意と高きところにホザンナ」。「ホザンナ」は受難の前にイエスがエルサレムに入城したときにそれを迎えた会衆の歓呼の叫びですが、もともとは「救いをわたしたちに」というヘブライ語の「ホシアナ」ということばが転訛したものです。この「ホザンナ」は「アーメン」、「ハレルヤ(アレルヤ)」とともに、現代でもキリスト教の教会の中でヘブライ語のまま残っている由緒正しいことばです。ここまでは、旧約聖書のことばが多く使われており、感謝の賛歌の前半は、もともとユダヤ教が起源ではないかとも言われていますが、はっきりした起源については特定ができないようです。

ユダヤ教が起源ではないかと言われている感謝の賛歌、中東などの東方の教会から西方の教会に伝えられたことは間違いがないようですが、最初のころは、1回目の「天のいと高きところにホザンナ」までだったようです。その後の「ほむべきかな主の名によりて来たるもの」は西方の教会でテキストが加えられ、今度は東方の教会へ逆輸入されたと言われています。

この感謝の賛歌も他のミサ曲と同じように、挿入句を入れたトロープスや複数の旋律を歌うモテットでは元来の歌詞以外のテキストが歌われるようになっていきました。そして本来は奉献文という最も中心的な祈りの中で、司祭も参加する会衆も声を合わせて神の栄光をたたえる歌なのですが、次第に聖歌隊だけが歌うようになっていきます。

トリエント公会議の後、トロープスや複数の歌詞を歌うモテットは、他のミサ曲と同じように禁止されますが、新たな問題が出てきました。それは、これまでにも触れたように、司式する司祭と会衆や聖歌隊が同じ場所にいても、祈りを共有していなかったことから、司式司祭が沈黙のうちに奉献文の冒頭の祈りである叙唱(第二バチカン公会議以前は序唱と表記)を唱え始めると、聖歌隊や楽団が感謝の賛歌の前半を演奏し始め、演奏が終わると司式司祭は聖別のことばをやはり沈黙で唱えて、キリストの体となったパンとキリストの血になったぶどう酒が入ったカリス(盃)を背中のほうにいる会衆に見えるように高く上げ(この動作をエレベーションと言います)ました。この司祭のエレベーションが終わると司祭は奉献文の後半をやはり沈黙のうちに唱え、聖歌隊と楽団は感謝の賛歌の後半を演奏したのです。この時代の感謝の賛歌のタイトルはただ、Sanctus ではなくほとんどの場合、Sanctus-Benedictus となっていますが、それはこのような演奏をしたからです。今のミサでは考えられませんが、規則の行き過ぎた解釈がこのような演奏やそのための作曲を促したという例なのです。

(典礼音楽研究家)

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