「ウィンストン・チャーチル―ヒトラーから世界を救った男―」


乱世は英雄を生むのか?

 

なにか決めなければならない最終決着の場面で、自らの考えを信じて決断をくだせるのはどのような人物なのか。人は誰でも、決断を出さなければならない場面に遭遇する。大小に関わらず、それはいつだって必然的に起り得る事態である。しかし、決断をした先には、祖国の命運がかかっていたとしたら……。

1940年代に起った、イギリスでの歴史的事件があった。ドイツ軍が英・仏・ベルギーの60師団を包囲し、イギリス軍はフランスのダンケルクの海岸まで撤退し、孤立状態になっていた。イギリス陸軍全兵士30万人が包囲されている。救出策はない。ドイツ軍は海岸から80キロの地点に迫っている。

イギリスでは、連立政府を組閣できるリーダーがチェンバレンからチャーチルへと移った。チャーチルは、持論を展開し始める。そし

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て、ダイナモ作戦を発案した。それはフランスまで辿り着ける船ならなんでもいいから用意しろというものだった。ボートでも小型船でも、フランスまで着ける民間の船を召集し、ダンケルクに向かわせる作戦である。

一方では、和平交渉の道を迫るチェンバレンと外相のハリファックスがいる。チャーチルは国民に向かってラジオで訴える「人類の歴史を汚す独裁者から、フランスのみならず人類を救うために、今、一つの誓いが我々を団結させる。勝利を手にするまで戦い続ける。決して諦めない。服従はしない。どんな犠牲や痛みを伴っても、我々は勝たねばならぬ。そして、絶対勝つ」

ダイナモ作戦のために、860隻もの船があつまった。史上最大の民間船部隊であった。党の支持がなければ戦えないというチャーチルに、国王ジョージ6世は「町に出て国民の声を聞いたらどうか」という提言をする。国会議事堂へ向かう途中、単身、地下鉄に乗り込んだチャーチル。そして、地下鉄に乗っている国民に向かって、もしも我が国がヒトラーに頭を下げて和平協定を結んだとしたら、と問うと「ダメだ」とみなが声を揃える。

閣議の前に、チャーチルは閣外大臣を集めて、地下鉄で会話した国民の声を伝え、「君たちは、ナチスに屈するのか」と問う。すると、その場にいた誰もがそれを否定する。「君たちの思いは市民と同じだ」とチャーチルは言って、閣議へ向かって行く。

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下院に集まった議員に向けて、チャーチルの演説が始まる。「英国は長い歴史を誇るが、そのいかなる時期においても侵略に対して完全な防御を備えたことはなかった。しかし私には絶対的な自信がある。我々が皆、するべき役割を果たして、できうる限りの準備をすれば、必ず祖国を守ることができるだろう。何年もかかるかもしれない。だが何であろうと我々はやり通す。それがイギリス政府の決断であり、議会の、そして国民の総意である。たとえヨーロッパの大部分の領土と、古く名高き国々が、ゲシュタポをはじめとする忌まわしきナチス組織の手に落ちたとしても、我々は決して怯まない。最後まで戦い抜く。海で、空で、海岸で、敵の上陸地点で。野原で、街中で、丘で戦う。いかなる犠牲を払っても祖国を守り抜く。断じて降伏はしない!」

ダンケルクの30万人の兵士ほとんどが、民間船部隊によって故郷に運ばれた。

だが、ここで忘れてはならない部隊がある。ダイナモ作戦を実行に移すための時間稼ぎをしたカレーのイギリス軍である。ダンケルクとカレー以外の港はすべてドイツ軍に制圧されていた。その状況下で、ドイツ軍に包囲されながらも、敵軍の力をカレーの方に向けさせようと全滅するまで祖国のために戦い抜いた部隊である。映画で描かれる准将の最期の姿が、いまでも目に焼きついて離れない。

現代の日本を見るに、かつてのリーダーだった吉田茂や岸信介は、いま審議中の国会をどのように思っているだろうか。

この映画では第90回アカデミー賞の主演男優賞をゲイリー・オールドマンが受賞した。なかでも、メイクアップ&ヘアスタイリング賞に日本人の辻一弘氏が受賞して話題になっている。

鵜飼清(評論家)

3月30日(金)TOHOシネマズ シャンテほか全国ロードショー
公式サイト:http://www.churchill-movie.jp

監督:ジョー・ライト
出演:ゲイリー・オールドマン、クリスティン・スコット・トーマス、リリー・ジェームズ、スティーヴン・ディレイン、ロナルド・ピックアップ、ベン・メンデルソーン
原題:Darkest Hour/2017年/イギリス/125分/ユニバーサル作品 配給:ビターズ・エンド/パルコ


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