スペイン巡礼の道——エル・カミーノを歩く 43


古谷章・古谷雅子

6月2日(金)

モンテ・ド・ゴソ(歓喜の丘)再訪
ボタフメイロ(吊り香炉)の焚かれるミサ参列

最初の旅でレオン~サンティアゴ・デ・コンポステーラを歩いた時は、到着の翌日にはマドリッドに戻らなければならない日程だった。最終日は到着後に巡礼認定事務所で証明書を受けたり(かなり時間がかかる)、列車のチケットの購入もしたりしなければならないので、モンテ・ド・ゴソはスタンプを押しただけで通過してしまった。しかしここは東からの巡礼路上で初めてサンティアゴ・デ・コンポステーラ大聖堂の尖塔が遠望でき、下っていけばあと5kmで長い旅が終わるという心にとめるべき地点ではあったのだ。それで、もう一度訪れることにしたのだ。

市内からモンテ・ド・ゴソ行きの路線バスで20分ほど。車道から傾斜地に造成された住宅街を抜けて巨大なモニュメント(元ローマ法王の訪問記念碑)のある丘に登った。今一つ明澄でない空の下、尖塔を認識するのは難しかったが、ここにたどり着いた人々の解放感と感動の雰囲気に満ちている。中には帰途上の人もいる。往復を徒歩という人はかなりいるようだ。前の旅でも自宅の前から歩きだした人、帰りも歩く人に会った。丘の下方にはアルベルゲが兵舎のように何棟も並んでいる。大部分の人はここに泊まり、翌朝に余裕をもって市内に入る。11時までに巡礼証明書を受けた人の国名や人数が大聖堂で行われる12時のミサで読み上げられ祝福されるのだ。

さて、そのミサだが、世界最大と言われる吊り香炉ボタフメイロ(ガリシア語で「煙をまき散らすもの」)によって聖堂内に清めのお香が振り撒かれる儀式を是非見たかった。

儀式は決められた記念日や団体や個人が寄   進する場合しか行われない。二日後の聖霊祭では行われるらしいので事前偵察のつもりで大聖堂に行ってみた。すると入堂待ちする長蛇の列ができている。これから特別なミサが始まるらしい。もしかしたら最後にボタフメイロ儀式もあるかもしれない。入って分かったことだが、軍隊を祝福するミサのようだ。この国ではよくあることなのか? 大掛かりな合同演習があったのか、各連隊旗(?)を直立不動で支える兵士の一群が前に配置され、横には軍楽隊が並んでいる。兵士たちが既に着席しているところへ一般人がぎっしり入り、ミサが始まった。

私たちは祭壇の左手翼廊に立ったが参列者が多くて祭壇付近の様子は見えないしミサはすべてスペイン語(カスティージャ語)で執り行われるので私たちには分からない。しかし非常に厳粛な雰囲気だ。1時間ほどでミサが一段落すると中央に吊り下げられていたボタフメイロがするすると降りてきた。人の高さまで降りたら火を着け、はじめだけ人の手で、それからは滑車の反対側のロープを強めたり弱めたりして揺らしていくということだ。細部は見えないが白い煙が勢いよく噴出し始めた。パイプオルガンが朗々と鳴り響き、合唱が始まる。滑車の反対側のロープは5本の持ち手に分かれていて、それを深紅色の特別な僧衣をまとった5人のティラボレイロス(ガリシア語で「香炉持ち」)が巧妙に操って次第に振れ幅を増大させていく。なんと力強く見事なチームワークだろう。

参列者が固唾をのんで見守る中、ボタフメイロが20m程の高さまで上り、意志が乗り移った生き物のように凄まじい勢いで翼廊両端の天井にほぼ達する弧を描きながら往復して煙と香りを振り撒き、堂内の人々を清める。振れ幅がだんだん小さくなりながら降りてきたところで最後は別のティラボレイロスが抱え込んでボタフメイロを止めた。堂内の緊張が一気に解けた。この間5、6分であったと思うが恐ろしいほどの緊張と感動で参列者は完全に一体化していた。この儀式は長旅の果てにたどり着いた巡礼者の異臭を消すために11世紀に始まったと書いてあるものが多くみられるが、むしろ魂の浄化を劇的に体験化する儀式だろう。

これでミサの終了である。しかし今日はこの後に、軍楽隊の演奏が続いた。ワグナーの「楽劇タンホイザー序曲」、教会内でこの曲を聞くとは思わなかった。このあと堂内を巡ってから、日に照らされた現実世界へと外に出た。

二つの課題が1日で済んだのは望外の幸運か。しかし疲れた。宿に戻ってしばし休憩してからSさんに会い、フィステーラへの遠足の相談等を済ませた。明日の日帰りバスツアーの予約が取れた。スーパーマーケットで朝食や遠足のおやつを買って帰る。宿のキッチンには冷蔵庫も電子レンジも食器も揃っているので、朝食はずっと自炊で済ませることができた。

ようやく時間的なゆとりもできたので完歩祝いをすることにして、Sさんに教えてもらった「ペティスコス・ド・カルデアル」というしゃれたバルレストランに行った。カウンター席だったがリオハのワインを頼み、隣のオランダ人一行と話しながら美味しいタパスやコメ料理を食べた。スペイン在住だという日本人の女性画家も話しかけてきて(美味しいものを食べに時々サンティアゴに来るそうだ)、久々ににぎやかな夕食を楽しんだ。

 

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