スペイン巡礼の道——エル・カミーノを歩く 39


古谷章・古谷雅子

5月30日(火) エル・ブルゴ・ラ・ネーロ~プエンテ・ビジャレンテ(2)

歩行距離:26km
行動時間:6時間50分

さて、途切れることなく並木が続くがニセアカシヤに樹種が変わった。やがて樹種がデタラメに多様になる辺りから国道と巡礼路の間にあったローカル自動車道がなくなる。国道は大型車がビュンビュン通り、今までの長閑な巡礼路は一変してレオンまで雑然としたほこりだらけの危険な道になってしまった。レリエゴス付近の工事中だったあの巨大な立体交差は今後バイパスを整備するためのものなら巡礼路にとってはありがたいのだが。道端の豚の死骸を思い出す。あのような目に合わないように気をつけて歩こう。

間もなく古代ローマ時代の遺構(国道の反対側で横断が難しく行かず)、小さな集落ビジャモロスを過ぎ、ポルマ川に架かる橋プエンテ・デ・ビジャレンテの向こうが今日の目的地だ。上を通過しただけでは何の変哲もない橋だが、橋脚をつなぐアーチは古くからのローマ橋を上手く残している。17ものアーチは異なる時代の遺物(3~4世紀)だと書いてあるので河原に降りてみた。なるほど、見事だが個々の違いはよく分からなかった。

巡礼路はこの橋の下に架かる木の橋を渡って村に入る。ここには2つのアルベルゲがあるが、村の入り口にあるエル・デルフィン・ベルデに行ってみた。オスピタレロにダメもとで個室の有無を聞いたら、ここはドミトリーだけだが同じ敷地内にオスタルがあると教えてくれた。1階がレストランなので気づかなかった。行って見ると若い主人は感じがよいし夕食もどのみちそこでとることになるので泊まることにした。古い建物をリフォームした小ぎれいな宿で水回りもよい。ベランダに出てみると国道の車がうるさいが、扉を閉めれば遮音は大丈夫。さすが石の建物だ。物干し場はアルベルゲと共用。日課作業を手早く終えて町の探検に出た。

この町は国道沿いに店が並んでいるだけでなんの趣もないと記録に書いている人が多いが、現代の生活もそれなりに面白い。小屋ほどもあるゴミ箱を巨大な収集車の荷台に積みかえる作業を見たり、パン屋で土地の人の買うものをチェックしつつ簡易席でビールを飲んだりした。おまけのタパスはタダでは申し訳ないほど大きくて美味しいブルスケッタだった。ニンニクとチーズとポテトをたっぷりのせてキツネ色に焼いてある。半端な時間のおやつには立派過ぎるほどだった。

夕食はオスタルで。はち切れんばかりに太った可愛い幼女が、おばあちゃんと「せっせっせ」のような手遊びをしている(ママは料理しているので)のを見ながら定食を食べた。ヌードル入りの野菜スープかひよこ豆の煮込み、ポークチョップか魚煮込み(アサリやエビも入っている)。いつも通り別々に頼んで分けたが、どれも本当に美味しくて、とても食べきれないと思えた量がすべて胃袋に収まった。デザートはチョコレートとホイップクリームがたっぷりの自家製シュークリーム。巡礼路の田舎料理はこの日が最後だ。

巡礼路では普通の食事が滋味に富み何とも美味しかった。特に豆の煮込み料理(コシード)は何度も出てきたが飽きなかった。川成洋編『スペイン文化読本』(丸善出版、2016年)の中でスペイン料理研究家の渡辺万里先生はその特徴をあまたの保存食の発展したものと説明している。カルタゴ人によってスペインにもたらされたガルバンソ(ひよこ豆)は痩せた土地でも栽培でき保存も可能なのでイベリア半島全域に広がった。魚介類の干物も広まった。過酷な自然条件が保存食による兵糧の確保を強いたのだが、その伝統が長く引き継がれているのだ。もう一つ面白かったことに豚肉のことがある。田舎料理ではメニューに牛、羊、兎等もあったが、なんといっても主役は豚だった。前記の本から引用すると、

「ところで、現代のコシードには豚肉が欠かせないが、昔からそうだったわけではない。カスティーリャ王国が徹底的な異教徒の排斥に取り掛かると、彼らがスペイン国内に残るには、キリスト教へ改宗するしかなくなった。そこで、改宗者の真偽を問う手段として、イスラム教徒もユダヤ教徒も宗教上の戒律で食べない豚肉が用いられるようになったのである。すなわち、豚肉を入れたコシードを食べることは、改宗者たちにとって一種の踏み絵となり、豚肉を食べていないと密告されると過酷な異端審問が待っているという時代が始まる。こうして、以後のスペインの食卓には、それまで以上に豚肉の存在が重要なものとなっていく。……」

モサラベ建築のところでもふれたが、宗教についての政策はどちらの側でも時代により寛容と偏狭、共存と排斥が揺れ動いた。その結果が料理にまで及んだ、というのも興味深いことである。

明日はレオンまで13km歩くだけだ。夜更かし寝坊もできるのに、習慣づいた眠気が襲ってきて9時30分、外はまだ明るいが就寝。

 

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