神さまの絵の具箱 24


末森英機(ミュージシャン)

あるとすれば、正義の戦(いくさ)に、〝奇跡〟は、瞬間の出来事(もの)。露で顔を洗ってくれるような〝癒(い)やし〟は、進行するもの。
「主は、主のときにわたしをいやす」(ルカ17:12-19)
神の時まで、待つ!
子どもにする、おやすみの、小さなキスのようなもの。だれかの手が、やわらかい髪に触れるのを感じ、それから、ひたいにうっすらとした、ほおに、小さなくちづけを受ける。両方の腕で、受けとめてくれる。
世界の一方のはずれから、世界のもう一方のはずれまで、主とともに、過ごすならば。信じる者にとって、足りないものは、なにひとつない、と聖書は言っています。
踏みつけられた花にも、しおれた花にも、摘み取られた花にも、襲いかかる混沌(カオス)さえ、愉(たの)しみにかえる愛ににているもの。けれど、癒やしは、わたしたちのやり方で、起こりません。〝とげ〟のある美しさを、恵みという力でいただく。わたしたちが、「はい」と、深くうなずいたときに、覚えるもの。
天国か地獄か!それは、わたしたちしだい。水のなかに、苦しみがふしぎとなく、おぼれてゆくようなもの。主の時に。

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