《対話で探求》 ミサはなかなか面白い 21:「ことばの典礼」を始めよう


「ことばの典礼」を始めよう

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問次郎……答五郎さん、お久しぶりです。しばらくお休みしてすみません。ミサの開祭について勉強してきて、いっぱい学んだこともあり、ひと息入れさせていただきました。

 

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答五郎……ああ、そうか。わたしにとっても、いい休みになったよ。テーマは代わって、これから「ことばの典礼」というところに入っていくからね。

 

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問次郎……はい。そこでなのですが、「ことばの典礼」は聖書が中心ということで、いま教会のクラスで一緒に聖書を勉強している友人を連れてきました。よろしいでしょうか。

 

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答五郎……もちろんさ。さあ,では、紹介してもらおうか。

 

 

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問次郎……こちらが瑠太郎くんで、こちらは美沙の友達の聖子さんです。

 

 

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答五郎……ふーん、聖書を勉強するのにふさわしい人たちかもしれない。名前だけからの連想だが(笑)。

 

 

 

瑠太郎……よろしくお願いします。聖書を読んだり、それについて調べたりするのが好きです。

 

 

 

 

聖子……よろしくお願いします。ミサは、ときどき見学参加をする程度です。ことばの典礼だけでなく、ミサ全体についても学びたいと思います。

 

 

 

女の子_うきわ

美沙……わたしたちも引き続き、一緒に聞かせていただきます。

 

 

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答五郎……そう、それは、もちろんいいさ。学ぶ仲間がだんだん増えてくるのは心強いね。では、さっそく本題に入るね。ミサの第2部といってもよい「ことばの典礼」だが、美沙さん、どのように進行するかな? 主日のミサを前提にして。

 

 

女の子_うきわ

美沙……はい。まず聖書朗読ですね。第1朗読があって答唱詩編があって、第2朗読があって、アレルヤ唱があって福音朗読です。つづいて説教があり、信仰宣言があり、共同祈願ですね。

 

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答五郎……そう。典礼季節によって変化するところもあるけれど、基本はそれだ。大きく分けると、聖書朗読、説教、信仰宣言、共同祈願だ。このような式の進行は、大きな意味では、説教までを含めて「神のことばを聴くこと」とそれに対して答えることが「信仰宣言」「共同祈願」だといえる。

 

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問次郎……そうですね。それは、とてもわかりすいですね。

 

 

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答五郎……なので、「開祭」のように式次第の項目や式文を一つずつ見ていくのとは、少し違うかたちで、「ことばの典礼」について進めていこうと思うよ。そのための元になる本と参考書だ。

 

 

女の子_うきわ

美沙……一つは『朗読聖書』、もう一つは『朗読聖書の緒言』ですね(どちらもカトリック中央協議会発行)。これらは?

 

 

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答五郎……まず、「朗読聖書」とはミサで読まれるときの聖書。「朗読のための聖書」だ。朗読者はこれから朗読することとなっている。

 

 

 

瑠太郎……一般の聖書と「朗読聖書」はどう違うのですか?

 

 

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答五郎……瑠太郎くんたちは、一般の聖書をよく読んでいるようだからね。「朗読聖書」は、朗読の順番に朗読箇所の本文が並べられている聖書だよ。その順番というのも典礼暦の順序のことなのだ。そのことは、典礼暦の話をするときと一緒にしたほうがよいよね。

 

 

聖子……日本では聖書の訳がたくさんありますが、「朗読聖書」は何か特別な訳を使っているのですか?

 

 

 

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答五郎……いや、実は、現在は日本聖書協会発行の『聖書 新共同訳』が底本となっている。そう意味で 勉強に使っている聖書との違いはないよ。

 

 

聖子……読む順番に並べているというのですから、ただ便宜上のものなのですね。

 

 

 

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答五郎……そうともいえるけれども、そうでもない。朗読のための箇所は深い考えがあって選ばれているのだよ。その基本を説明しているのが『朗読聖書の緒言』だ。一つの主日の朗読配分も見ているといろいろなことが気づかされるものなのでね。実は、そういったことを信者さんが考えやすくするために作られているのが、ここにある『聖書と典礼』(オリエンス宗教研究所発行)というパンフレットだ。

 

 

瑠太郎……これは、日曜日に教会のミサに行くと配布されますね。これがカトリック教会では、信者さんにとっての聖書なのかなと感じました。ほんとうは全部で一つの聖書が大事なのに……と思ったこともあります。

 

 

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答五郎……それはもっともだ。聖書という書物の全体を自分で持って読んでいくというのはもちろん大事なことだよ。でも、ミサでの聖書朗読の配分というのも、これがまた「おつ」なのだ。瑠太郎くんと聖子さんにも、その味わいをぜひ知ってもらえたらと思うよ。

 

 

聖子……わかりました。お願いします。ところで話の前提となっていることですが、典礼では聖書の「朗読」ということが大事なのですね。

 

 

 

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答五郎……いいところに気がついた。聖書は書物として目で文字を読んでいくものというよりも、典礼では「朗読を聴く」ということが何より大事なんだね。でも、どうしてだと思う。少し時間をおいて考えてほしいな。

(つづく)
〔企画・構成 石井祥裕/典礼神学者〕

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