神さまの絵の具箱 6


末森英機(ミュージシャン)

あなたについて言えば「すべて人は欺く者である」(詩116:11)とあります。つまり〝裁く罪〟と〝悪い良心〟に誰もが満ち満ちている。だから「人の愛は去らねばならず、土に帰らねばならず、彼の思いはすべてなくなる」(詩146:4)と続けられています。それでも、「み子を信じる者は裁かれることがない」(ヨハネ3:18)。これが、3年間、ガリラヤ湖畔を歩かれたあなたの、身をもって告げるすべて。それは、3+4が7とすぐに声に出して答えられようとも、もし神なるあなたが、8とおっしゃるならば、たとえ答えが7であっても、8という答えを信じるということです。3は3ではなくて、1ということ1+1+1が3でもあり1でもあるというところに住んでいれば、なお信じられる答えですね。

ただ、ただ日々、ひたすらあなたのお言葉を信じるということは、それですね。たとえ火あぶりに遭って、火の粉と灰にされ、水に投げ込まれ塵か土くれのように扱われようと、あなたのお言葉に甘んじたい。それでも、欺く者でしょうか。

ひとには、ひとそれぞれの道があって、どこまでいっても3+4は、やっぱり7と答えるだけの〝理性の声〟に従う『賢いさん』を演じてゆくのでしょう。楽園(パラダイス)をあとにしてから、〝永遠の罰〟に遭うという運命にあるのなら、死さえその〝罰〟をも取り除けない。けれど、キリストであるあなた、イエスをもってすべてをもつなら。ただただ、あなた、イエスであるキリストのお言葉にとどまり、ともに十字架にいるときにいつかかならず、こう言われるときがくる「この盗っ人は、愚かな修道士よりも賢い」。それは賢いさんではありません。あなたから生きる力をいただけることのほうが「あわれみ深いひとは幸いである」などと、かるはずみな言いようにまどわされずに、そうではなく「ひとの痛みがわかるひとにこそ、神の力があります」と福音の手ほどきに招かれてゆくように。鍵です。けっして〝賢いさん〟にだけは、なりませんように。

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